「産後ケア」を日本に広めた彼女が経験した"痛み"――「出産は全治1カ月のケガと同様」産後の当たり前を変えた吉岡マコさんの生き方

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産後の不調は、みんなが通る道だと片付けられてしまいがちですが、違う。1人で抱え込んでやり過ごすのではなく、適切なケアに取り組み、他者とつながり、支えあっていくことが大事です。

――今やマドレボニータは、全国に教室が点在しています。

最初は本当に小さな教室でした。壮大なビジョンがあったわけではなくて、目の前の人のためにその場でできることをやっていただけ。でも、続けていくうちに口コミで広がっていきました。

この取り組みをもっと知ってもらえる方法はないかと考えて、まず新聞社に手紙を書きました。当時はインターネットが普及していなかったので、ほかに方法を思いつかず。ほとんどスルーされましたが、東京新聞に1歳の子を育てながら記者を続けている女性がいて、「これは、届けたい」と記事にしてくださって。大きな反響がありました。

当時の新聞記事。大切に取ってある(撮影:梅谷秀司)

多くの人へ届ける仕組みを作る

次第にほかのメディアでも紹介してもらえるようになり、教室への問い合わせも増えていきました。一番大きかったのは「私もマコさんみたいに、インストラクターの仕事をしたい」という人が出てきたことです。

産後ケアは確実に必要とされている。担い手になりたいという人もいる。1人でどうにかしようとせず、多くの人へ届ける仕組みを作ろうと思うようになりました。

私がそもそもこの活動を始めたのも、日本の社会に産後ケア制度がなかったことへの違和感からです。この状況を変えるためにも、活動を広げることは意味があると思いました。

――仕組み化への意識が芽生えた。

同時に、「本当に必要とされている、女性ならではの仕事を作りたい」という気持ちもありました。産後は女性が社会からこぼれ落ちやすい時期でもある。私がインストラクターとして、産後ケア教室のレッスンを届けるだけじゃなく、レッスンを担う側の仕事も生みだせたらいいな、と。

教室のインストラクターなら時間の融通が利くし、レッスンは産後の女性と赤ちゃんが通いやすい平日の午前中に開催されるので、子育て中の女性には最適な仕事なんです。

――そこから、インストラクター育成へ?

そうです。でも、産後ケア教室の信仰や中身を形だけ真似してもうまくいかないんですね。なぜそれをやるのか、何を大切にするのか、その前提まで共有しないと、本質が抜け落ちてしまう。だから、メソッドや哲学はしっかり共有するということには、最初からこだわりました。

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