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ライフ #アラフィフでパパになったら

「仕事=家族のため」理解できなかった物流ジャーナリストが、50歳で授かった"娘の未来"のために「夜泣きでノイローゼ寸前」でも奔走した理由

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「子どもを持つことへの不安はゼロではなかったけど、妻も子どもを望んでいたし、その頃にはすでに僕も同じ気持ちでした」

しかし、なかなか思うようにいかない日々が続いた。苦しかった数年間の不妊治療を経て、ようやく娘を授かった。

娘が指を握った瞬間、涙が出そうになった

2021年7月23日、東京オリンピックの開会式が開催された。その日は妻の出産予定日だった。しかし全く生まれる気配がなく、数日後妻は入院。当時はコロナ禍により配偶者であっても面会謝絶の状態であったため、坂田さんはひとりで誕生の知らせを待ち続けた。

「でも、予定日から10日を過ぎても気配がないので『帝王切開で産みましょう』ということになり、そのおかげで僕も病院内に入ることができました。当日は出先で急に病院から電話連絡を受けて、慌てて向かったことを覚えています」

手術室の外で待っていると、妻と、元気に泣いている赤ちゃんが出てきた。

「そのとき娘に名前を呼びかけてみたんです。すると、僕の声がわかったのか泣き止んで、不思議そうな表情で僕の人差し指を握ってくれた。涙が出そうなくらい感動しました」

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