「仕事=家族のため」理解できなかった物流ジャーナリストが、50歳で授かった"娘の未来"のために「夜泣きでノイローゼ寸前」でも奔走した理由

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娘が生まれてから4年が経つ。現在もその考えは変わらないのだろうか。

結婚のワードに「そんな話はしたくない」

「昔から自己肯定感があまり高くなかった」と坂田さんは語る。高校生の頃、交際相手が無邪気に「結婚」の言葉を口にしたとき、心の中で「今はそんな話をしたくない、自分のような人間が家庭を持つなんて無理だ」と感じたことを覚えているという。

往々にして、10代の若者が「結婚」という言葉を口にするのは、ラブストーリーのハッピーエンドを夢見ているときなのではないだろうか。しかし、坂田少年は違った。

「ずっと『自分は人としてどこか欠けている』と感じていました。そういう自分が親になるなんて想像できなかったんです」

では現在に至るまで、どのようにして気持ちは変化していったのだろう。

妻とは2008年頃、近所のスポーツクラブで知り合った。妻は当時インストラクターの仕事をしており、身体を動かすことが好きなふたりは意気投合し、交際を開始。夫婦共通の趣味であるロードバイクで房総半島や伊勢神宮、九州エリアを旅したこともあるそうだ。

「その頃には、徐々に結婚を視野に入れるようになっていきました。フリーランスとして独立をしたこともあって、僕の経済状況が安定してから結婚をと考えていたので、交際期間は割と長くなってしまいましたが」

当時、坂田さんは40代。人の親になることへの不安はもう薄らいでいたのだろうか。

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