不幸な出来事を直ちに選挙と結び付けて語ることは、ともすると不謹慎に映るかもしれない。しかし、パリ同時多発テロが米国大統領選挙の文脈で語られる背景には、見逃されがちな事実がある。米国の大統領は、「米軍の最高司令官」でもあることだ。パリでの惨事は、米国の大統領選挙が軍の最高司令官を選ぶ機会でもあることを、あらためて有権者に意識させる出来事だった。
注目されるのは、テロ対策や外交問題への関心の高まりが、共和党の予備選挙に与える影響である。
トランプ氏には逆風?
共和党の予備選挙では、実業家のドナルド・トランプ氏を筆頭に、政治経験のない候補者が高い支持率を維持する異常事態が長期化している。共和党の支持者には、バラク・オバマ政権の8年間に対する不満が強い。劇的な変化を求める有権者の思いが、トランプ氏らの人気を支えてきた。
パリ同時多発テロの衝撃によって、こうした共和党の予備選挙の構図に変化が生じる可能性がある。「軍の最高司令官を選ぶ選挙」としての側面が意識されることは、政治経験が浅く外交的な知見が乏しい候補者への逆風になりやすいからだ。国の安全が意識されるようになれば、有権者の判断基準は変わる。危機感が高まれば、手腕が未知数の候補者に「懸けてみる」余裕は失われるだろう。劇的な変化だけではなく、安定した手腕を求める力学が働いても不思議ではない。
早速、外交的な知見を問われたのが、トランプ氏と並び高い支持を得てきた、元神経外科医のベン・カーソン氏である。パリ同時多発テロ後のインタビューでカーソン氏は、イスラム国への対応で最初に協力を呼びかけるべき国を繰り返し問われたのに対し、特定の国の名前を挙げることができなかった。
有利になると目されるのは、政治経験のある候補者だ。父・兄に大統領経験者を持つジェブ・ブッシュ元フロリダ州知事や、上院で外交委員会に所属しているマルコ・ルビオ上院議員は、外交問題での知見を強みとしている。ここまでは支持率でトランプ氏やカーソン氏に引き離されてきたが、あらためて有権者の目が向くかもしれない。
クリントン前長官の強みと弱み
見逃せないのは、知見はともかく、外交面での経験となると、共和党には不安が残ることだ。ブッシュ元知事は、国政の場で外交に携わった経験があるわけではない。ルビオ議員にしても、まだ1期目の新人議員である。
外交面での共和党候補の経験不足は、本選挙で対峙するとみられる民主党の候補と比較すると、より鮮明になる。民主党の予備選挙では、クリントン前国務長官が優勢に戦いを進めている。言うまでもなく、オバマ政権の国務長官として、まさに外交の現場を経験してきた政治家である。その前職である上院議員時代にも、軍事委員会で活躍してきた経歴を持つ。ファースト・レディ時代を含め、外交面での経験は十分すぎるほどだ。
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