大河ドラマ「豊臣兄弟!」桶狭間の合戦前夜!危機を前にした織田信長の振る舞いを文献をもとに再検証
桶狭間の合戦は信長にとって生涯最大の危機だった
大河ドラマ「豊臣兄弟」において織田信長を演じるのは小栗旬さんです。信長にはその生涯のうちに何度も危機が訪れますが、その大きなものは桶狭間の合戦だと筆者は考えています。
永禄3年(1560)5月10日、駿河・遠江の戦国大名・今川義元は駿府を進発します。そして同月18日には沓掛城(愛知県豊明市)に入りました。
義元は一説によると4万5000もの大軍を率いていたとされます。この義元の動きはかつては上洛のためと考えられていました。ところが上洛説は江戸時代の書物・軍記物語に記載されているところであり、疑わしいということで、近年では三河国を領有するため、または尾張国に侵攻しそれを領有するためとの説が唱えられています(筆者は三河国領有説と尾張国領有説の両方が正しいのではと考えています)。
ではそんな危機的な状況を前に、信長はどのように振る舞ったのか。『信長公記』の記述を読み解きます。
『信長公記』(著者・太田牛一)には写本が複数あり、その中の1つが「陽明本」です。牛一自筆本の忠実な写しと見なされており、一般的によく活用されています。
一方、天理大学附属天理図書館所蔵の写本が天理本です。天理本の成立は江戸時代初期の寛永年間です。その他にも複数の写本がありますが、写本によって記述内容が若干異なる部分があります。


















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