現場では、家具をスムーズに運び出すため、まずは襖やドアカーテンなどの建具を取り外す作業が進められていた。二見氏が手を動かしながら、こう漏らした。
「お義母さんが『施設に入りたい』と言ったのは、本当は、残される家族のことを思いすぎて出した答えなのかもしれません。理由は人それぞれですし、第三者がどうこう言えることではありません。結局は当事者同士でひたすら話し合うしかないんです。30~40年と積み重ねてきた生活を、たった1~2時間の話し合いで決められるわけがない。説得する側もそう考えることができれば、どれだけ時間がかかってもイライラしづらくなると思うんです」
「心配だから施設に」の裏にある“本音”
家族が抱える「本音」についても、こう指摘する。
「『1人だと心配だから施設に』という言葉を、単なる善意としてだけ見るのは少し違う気もします。言葉を選ばずに言えば、自分たちの生活から『親の心配』という負担を取り除きたい、という思いもどこかにあるはず。
本当に親のことだけを100%考えるなら、仕事が終わったあとに毎日会いに行き、毎日電話をすればいい。でも、現実にはそんなこと不可能です。だからこそ、どちらが正しいという正解を求めるのではなく、折り合いをつけていくしかないんです」
部屋に残された大量のCDやDVDは、義母がこの家で過ごした時間の証しでもあった。そのすべてを処分するという決断の裏には、自分が判断能力を失う前に自分の身の回りを整理しておきたいという、義母なりの「家族への最後の配慮」があった。
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