「コーヒーハウス禁止令」が出たオスマン帝国でなぜか急増…人々がこっそり駆け込んだ"意外な場所"
ムラト4世は、オスマン帝国の東に成立したサファヴィー朝から、いったんは奪われたバグダード(現在のイラクの首都)を奪還したスルタンで、「バグダード征服王」の異名をもつ人物でした。
人々がひげ剃りに夢中になったかのようだった
ムラト4世は、正統派のイスラム教の思想や習慣を庶民生活においても徹底させようとしました。
コーヒーやたばこなどの嗜好品を禁止し、夜間の外出禁止令なども出したのです。庶民にとっては息苦しい時代でした。
ここで「床屋」の出番です。
コーヒーハウス禁止令が出されると、「床屋」の看板を掲げた店が急増しました。イスタンブールにあったコーヒーハウスは、まるで魔法にかかったように一斉に床屋に変貌したのです。
そのさまは、突然オスマンの人々がひげ剃りに夢中になったかのようだった、と表現されるほどでした。
しかし、表向きは「床屋」ですが、実態は違法なコーヒーハウスでした。店の奥にはカーテンで仕切られた部屋があって、そこがコーヒー愛好家や喫煙者の隠れ家になっていたのです。
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