結局、パウロはエルサレムで逮捕されて、2年間監獄暮らしをすることになる。それでも釈放されるやいなや、ふたたびローマとスペインに渡って、宣教活動をくり広げた。
彼が旅した距離はおよそ3万200キロにもなる。地球1周が4万キロで、東京からロンドンまでが直線距離で9600キロなのを考えると、ものすごい情熱なんじゃないかな。
非ユダヤ地域でキリスト教を広めた使徒
キリスト教の歴史において、パウロの存在は大きい。彼は、ユダヤ教の小さな宗派だと思われていたキリスト教を世界的な宗教に成長させる土台を築いた。
彼が宣教をしたのは非ユダヤ地域で、これらの人々はそれぞれちがう文化と伝統を持っていたからだ。
パウロは、信仰に重要なのはユダヤの伝統に従うかどうかではなく、キリストに対する信仰心だと考えていた。信仰心だけが神さまとの関係を修復する唯一の道だと。
ユダヤの立法と伝統に関心のない外国人に伝道するためには、イエスというユダヤ人の教えだけでは不十分で、さまざまな文化を持つ人々が受け入れることのできる、普遍的な教理と深い哲学体系が必要だった。パウロはこの役割をしっかりと果たした。
パウロにとってのイエス・キリストの意味が、彼の生前の教えよりも、死と復活の超越的な意味にあったのはこれが理由だ。
超越的なイエスは、パウロの口を通してローマ帝国の各地域にすぐに広がっていった。ポーランド出身のユダヤ教の宗教学者ヨーゼフ・クラウスナーは、こう評価している。
「イエスがいなければパウロもいなかっただろうが、パウロがいなかったらキリスト教の世界もまたなかっただろう。そのような意味で言えば、異邦人の使徒パウロは、異邦人たちの間で広がったキリスト教の開拓者だった」
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