キリスト教を宗教と信仰ではなく、歴史と思想という側面から見ると、キリスト教はイエスではなく、パウロによって打ち立てられたと言っても過言ではないだろう。
パウロの出生時期は明らかになっていないけど、およそ紀元後10年ごろだといわれている。現在のトルコの都市、タルソスの厳格なユダヤ教の家庭に生まれ、本名はサウロという。
復活したイエスとの出会いで人生が一変
当時、海外に住んでいたユダヤ人は、ユダヤ名とローマ名の2つを持っていた。パウロというのは、彼のローマ式の名前で、おそらくローマ帝国の市民権を持っていたのだろう。
幼いころから、厳格な律法主義の分派であるファリサイ派の一員として教育を受け、青年になるとユダヤの神学を体系的に学び、徹底した信仰生活を送っていたとされている。
カタブツで頑固な性格ゆえに、ユダヤ教の律法をおろそかにする初期キリスト教の信徒たちを、先頭に立って迫害したことから、実力と野望を兼ね備えた若い指導層の人材として受け入れられていたようだ。
そんなある日、彼が回心するきっかけになる出来事が起きる。紀元後34年ごろ、大司祭の公文書を受け取って、キリスト教信徒たちを逮捕するためにダマスカスに向かっていたときのこと。なんと彼はまだ明るい真昼の道で、復活したイエス・キリストに会ったのだ。
明るい光のせいで、パウロは瞬間的に視力を失い、ある声を聞いた。
わたしはあなたが迫害しているイエスである。さあ立って、街に入っていきなさい。そうすれば、そこであなたのなすべき事が告げられるであろう。
(「使徒行伝」9章5〜6節)


















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