目が見えない状態でダマスカスに到着したパウロは、そこで暮らしていたイエスの弟子アナニアに出会う。アナニアの洗礼を受けた後、彼は視力を取り戻した。それから考え方が変わったパウロは深く回心し、熱心にイエスの福音を伝える使徒になったのだ。
「イエス・キリストこそ救世主」というストーリー
実は、彼を使徒とするかについてはさまざまな意見がある。使徒とは「神の使命のために努力を惜しまない」という意味で、当時はイエスの教えを直接聞いて学んだ弟子たちを指し示す用語として使われていた。パウロは生前のイエスに会ったことはない。
彼は、自分は光の姿をしたイエスに会って使命を授けられたのだと強調したけれど、ほかの使徒たちには拒絶され、その後、シリアの教会で指導者をしていたバルナバが彼を受け入れてはじめて、使徒としての資格が認められた。
パウロは情熱的な人で、ほかの使徒たちから伝え聞いたイエスの誕生と復活に関する話をもとに、ユダヤ人が待ち望んでいた救世主がまさにイエスなのだと人々に伝えた。
41年から58年までは、3回にわたって長い宣教の旅に出て、小アジアとギリシア全域を回りながら、積極的に宣教活動をした。この困難な旅が、それまでユダヤ教の小さな宗派としてしか認識されていなかったキリスト教を、国際的な宗教へと生まれ変わらせるきっかけになった。


















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