部屋に不満があったわけではないし、大泉学園に不満があったわけでもない。むしろ、部屋も街も大好きだった。ただ、あの頃の私たちは、大きく環境を変えることを必要としていたのだ。
その後、一瞬だけ石神井公園に住んでみたけど、なんとなくで決めた部屋はなんとなく住み心地が悪かった。もともと憧れていた街のはずなのに、部屋の住み心地が悪いと、不思議と街まで色褪せてしまうように感じた。
大泉学園は多くの人にとって「しっくりくる街」
その後、縁あって隣県に引っ越し、今も住んでいる。その間に生まれた娘はもうすぐ7歳を迎える。
久しぶりに大泉学園を歩いて感じたのは、この「都会の狭さ」が、当時の私は好きだったということだ。
田舎は人や建物との距離が物理的に離れていて、風景自体がどこまでも寂しい。夕方になると誰も外を歩かないし、駅前の商店街すら閑散としてくる。上京して都心で働くようになって大泉の駅まで帰ってくると、帰路に就く多くの人で駅も店も住宅地もにぎわっていた。
家々は身を寄せ合うようにして建っていて、それぞれの明かりのもとで晩ごはんタイムが繰り広げられているのかなと想像すると微笑ましかった。その「距離」は、上京したての私に安心感を与えてくれていた。それは、東京に慣れた今の私には、感じにくくなった気持ちだろう。
人生には様々なフェーズがあって、その時どきによって「しっくりくる街」は違うのかもしれない。そして、都会っぽさと郊外っぽさが同居するこの街は、きっと多くの人にとって「しっくりくる街」なのだろう。
そんなことを考えていると、子どものお迎え時間を含めたリミットまであと少し。夫婦ふたりで過ごした街を背に、家族で暮らす今の場所へと大急ぎで向かった。
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