YouTube2.7億回再生の名曲誕生秘話 「スキャットマン」悩みだった吃音症を武器に大成

著者フォロー
ブックマーク

記事をマイページに保存
できます。
無料会員登録はこちら
はこちら

印刷ページの表示はログインが必要です。

無料会員登録はこちら

はこちら

縮小

「ピアノの演奏が私に話す方法を与えてくれた。話すのが怖かったから、ピアノの後ろに隠れていた」

ジョンにとって音楽は、言葉に代わる表現手段となったのである。

こうして、18歳の頃から南カリフォルニアのバンドでピアノを演奏するようになったジョン。20代後半から40代前半頃にかけては、プロのジャズピアニストとして、ロサンゼルスのありとあらゆるジャズクラブで演奏するようになった。

酒や薬物に依存して私生活は破たん

念願のジャズミュージシャンとしてのキャリアを積んだジョンだったが、私生活は破たんしていた。学校で吃音を理由に激しいイジメにあったストレスから、ジョンは14歳で酒を飲み始めるようになっていた。それ以降、アルコールの量がどんどん増えていき、違法な薬物にも手を出すようになった。

「とにかく誰かになりたかった。強い劣等感があった。身体的にも精神的にも霊的にも消耗しきっていた」

44歳の頃に「もうたくさんだ!」と薬物とアルコール中毒から抜け出すことを決意。この時期に妻となるジュディと出会い、二人は結婚。ジュディはジョンに「ジャズピアニストとしてあなたはもっと活躍できるわ」と励ました。

心の支えを得たジョンは50歳を手前にして、妻とともにドイツのベルリンに移住。高級ホテルのラウンジやバーで演奏するようになった。

ある演奏では、観客が大盛り上がりで、スタンディング・オベーションを受けた。このとき初めて自分の歌声に自信を持ったという。

スキャットマンのイラスト
(イラスト:伊達努)

そんなとき、妻がジョンのスキャットソングが数曲入ったカセットテープをエージェントに売り込んだ。すると「テクノやヒップホップと融合すると、面白い展開になるのではないか」と、よい反応が返ってきたという。

次ページ「いっそのこと吃音について話してみたら」
関連記事
トピックボードAD
キャリア・教育の人気記事