堀江氏は、ミュージカルを続ける理由についてこう語る。
「実は演劇をやるのは、来るべきAI全盛期に備えるため、とも言える。生身の人間が台詞を丸暗記して、歌も歌ってダンスをする。その儚さがエモいと思う。
肉体労働から解放された人類がスポーツに向かったように、これからは頭脳労働から解放された人類は、頭を使ってボケるのを予防しないといけない。生涯楽しめる娯楽なんてそうそうない。その中ではミュージカルを演じるって、ものすごく贅沢な娯楽だと思う」
AIやロボティクスの進化によって、これまでの仕事の多くは代替される方向にあるといわれる。「今の基準で考えれば、『遊んで暮らすしかない』時代がやって来るのは、ある程度避けられない」と堀江氏は言う。
「問題なのは人間にとって一番の毒は“暇”。暇は不安やネガティブな感情を呼び込み、社会を不安定にする。だからこそ、AI時代に必要なのは“暇を埋める体験”だ」
その代表が、エンタメやスポーツのような「身体を使う活動」である。身体を使い、他者と場を共有し、感情が動く総合娯楽として機能しうるものだという。
ミュージカルは「食」と一体化した体験へ
堀江氏が「身体を使うエンタメ」として注目しているもう一つの領域が、「食」「料理」だ。WAGYUMAFIAをはじめ、多くの食事業を展開している堀江氏は、「食」に対するこだわりも強い。
現在のミュージカルも、“フルコースディナー付き”という、芝居と食が一体化した独自の形式へと進化している。そもそも飲食しながら観劇できる劇場は意外なほど少なく、会場探しには毎回難航したという。今年は新橋のエンタメ施設「グランハマー」を選び、観客との距離も近い会場での上演となった。
「そもそも芝居だけが“飲食禁止”なのは不思議なんです。歌舞伎も映画館も飲食OKなのに、演劇だけはダメ。役者が気が散るとかいろいろ理由はあるけれど、姿勢を伸ばしたり、咳払いひとつするのも遠慮しながら観るのはどうかと思う。本来の芝居は食事しながらリラックスして楽しむ文化だったはず」
江戸時代の芝居茶屋では、幕間に弁当や菓子が運ばれ、1日かけて芝居と食を楽しむのが観劇スタイルだった。堀江氏が目指したのは、まさにその“原点回帰”である。
堀江氏は、食を「食べる側」で完結させるのではなく、「作る側」に回ることで体験の質がまったく変わると語る。食材に触れ、香りや音を感じながら仕上げていく時間そのものが、すでに豊かで贅沢な体験だ。
「僕は料理が好きだけれど、それはいわゆる“自炊”の話ではない。仲間と集まったり、イベントの場で行う“エンタメとしての料理”だ」
実際、彼が料理をする場には人が集まり、そこから新しい出会いが生まれ、アイデアが育ち、いくつもの食に関する事業やプロジェクトが立ち上がってきた。
「料理して仲間と食べるというのは、ものすごく大きな“体験の共有”なんです。本当は“味そのもの”より、どんな体験と結びついているかのほうが味を左右する。演劇を見ながら食べるのも体験の一つだ」
食を体験へと引き上げる——このスタンスそのものが、AIには代替できない「身体性」を基盤とした生き方の一例だといえる。


















無料会員登録はこちら
ログインはこちら