ジェスチャーとともに、エネルギッシュに語られる話は、経営者としてあるべき姿を探る主人公が、障害を乗り越え、転機を経て、新しい自分を発見するという、まさに「ストーリーテリング」の王道に則った筋書。難しい言葉、抽象的な言葉を一切除いた、飾り気のない率直な語り口が聞き手に共感を呼ぶ。
ヒミツ③カネの話をしない
企業の存在目的とは何か? どんな美辞麗句を並べようと、結局、多くの企業トップの本音は「金を稼ぐこと」に収れんされてしまうだろう。数字で目標を示すやり方が最もその成果を測りやすく、人を管理し、動かしやすい。一方で、過大なゴールを押し付けるやり方を続け、ほころびが修復できないまでになってしまった企業も少なくない。
豊田氏は「カネの話」をほとんどしないのだという。トヨタ自動車は長年、シェアや販売台数、収益といったものを目標に掲げて、成長を続けてきた。しかし、リーマンショックなどの影響で社長就任直後には、初の赤字に転落。そこで、彼が声高らかに訴えたのは「売り上げを回復しよう」「シェアを伸ばそう」ではなく、「もっといいクルマを作ろう」だった。「売り上げを上げることが目的ではない。いい車を作り、お客様の支持を得れば、結果的に収益はついてくる」、「データやスペックにこだわるうちに、本質的なものを見失った」「カネの話を最初にするのは順番が間違っている」。そう言い続けた。
台数目標などを具体的に示さないアプローチには社内にも大きな戸惑いがあったという。「いい車ってなんだ?」。疑問や議論も沸き起こった。そんな不安渦巻く社内の空気を、豊田氏は「思いを込めたコミュニケーション」で、次々と変えていくのである……。
さて、タイトルの種明かしになるが、豊田氏のメガネが変わったことにお気づきだろうか。前はフチなしのメガネだったが、最近は黒縁のメガネで登場することが多い。実はこれ、まったく変えてしまったのではなく、車の発表会などの華やかな場面では黒縁、固い会見の場にはフチなし、といったように変えるようにしたのだという。レクサスのような高級車を売るにあたって、自分がブランドの体現者にならなければいけないという意識もあるのだとか。
人間は頭の先からつま先まですべてがある意味、コミュニケーションツールである。頭の角度から、表情、ファッション、手の見せ方、足の開き方に至るまで、すべてのパーツがメッセージを発信し、相手に与える影響も印象も変えてしまう。あえて、「人寄せパンダ」の役割も買ってみせる豊田氏の姿は、コミュニケーションの可能性を追求する求道者のようだ。
さて、豊田氏に学ぶ今回の3つの黄金則は……。
次回は豊田社長の「ヒミツ」続編をお届けします。
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