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トルコ《カッパドキア》の「洞窟ホテル」が最高すぎた!気球に乗って美しい景色を見下ろす"至福の体験"も

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―鉄器もそうだけど、戦車の利用がヒッタイトを強くしたってことですね。

先生:戦車に鉄製の車輪をつけた彼らの軍事力はメソポタミアの脅威になったことでしょう。これからの人生で何かあったときには、ぜひチャリオット(戦車)を使ってください。

(画像:『旅する世界史教室』P.207より)

なぜアンカラが首都になった?

―オスマン帝国の時期はイスタンブルが首都だったんですよね。なぜ今ではここアンカラが首都になったんですか?

先生:コホン。それはオスマン帝国末期の状況からお話ししなければなりませんね。19世紀のオスマン帝国のお話はしましたよね。

―ええっと。列強の進出と諸地域の独立によって領土が減少して……、スルタンを中心に近代化を進めるも、うまくいかない受難の時期。スルタンがアブデュル、アブデュ、アブ……アアァ!

先生:オッケー、オッケー。19世紀のスルタンで重要なのは2人、アブデュル=メジト1世とアブデュル=ハミト2世です。前者は近代化タンジマート、後者はミドハト憲法の制定を行いましたが、結局露土戦争の勃発で憲法は停止してしまいましたね。

―せっかく憲法をつくったのに、すぐに停止だと「なんでやねん!」ってなります。

先生:それで、20世紀初頭には意識の高い青年将校らによって「青年トルコ革命」が勃発し、アブデュル=ハミト2世を廃してミドハト憲法を復活させたんです。まあ政治的に混乱してますよね。そして20世紀前半のバルカン半島は……。

―「ヨーロッパの火薬庫」ですね。これは中学で習いました。

先生:そのとおり! 旧オスマン帝国領のバルカン半島では、バルカン諸国を支援して南下を企てるロシアと、バルカン半島で勢力を拡大したいドイツ・オーストリアが対立していました。

(画像:『旅する世界史教室』P.208より)

―それとオスマン帝国に何の関係があるんですか?

先生:バルカン半島には、まだまだオスマン帝国領が存在していたんです。その領土をめぐって、オスマン帝国はロシアが支援するバルカン同盟と激しく対立しました。

1912年から第1次バルカン戦争がはじまります。バルカン同盟の中心はセルビア。ロシアの後ろ盾があったため、トルコはこっぴどく負けてしまいました。

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【戦争が終わった後の災難】

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