トルコ《カッパドキア》の「洞窟ホテル」が最高すぎた!気球に乗って美しい景色を見下ろす"至福の体験"も

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―換気は大丈夫なのかな。

先生:深さ80メートルの通気口も完備! 7世紀に入るとイスラーム勢力の侵入から身を守るために、地下都市はさらに拡大したそうですよ。ところどころで通路が狭くなっているのは防衛を考えてのこと。敵襲があれば専用の穴にたいまつを落として、各階の住民に知らせました。

―こんな洞窟に籠城されたら、攻め落とすのもなかなか大変ですね。

先生:ここら一帯の地層にはほかにも地下都市がいくつかあって、カイマクルの南10キロのところにはデリンユクというさらに巨大な都市が発見されました。2つの街は通路でつながっているそうです。

世界最古の鉄器?

先生:アンカラに向かう途中に、カマン=カレホユック遺跡に立ち寄ります。

マップ
(画像:『旅する世界史教室』P.206より)

―カマン=カレホユック遺跡は、日本の協力で発掘が進んでいるんですね。

先生:そう。日本の中近東文化センターが発掘調査を行い、考古学博物館も日本の資金援助で建てられました。ここの目玉は、なんといっても世界最古の鉄器。

鉄器
(画像:『旅する世界史教室』P.206より)

―鉄の利用は知ってますよ。ヒッタイトです!

先生:いいですね。インド=ヨーロッパ語系のヒッタイトは紀元前17世紀ごろからアナトリア高原、ちょうどこのあたりに移住し、鉄を使用してメソポタミアを蹂躙しました。彼らの首都は、アンカラから東に150キロほどのところにあるハットゥシャ。ヒッタイトは紀元前13世紀ごろにはエジプト末期王朝を打ち破るほどの最盛期を迎えます。

―けれど、カマン=カレホユックから、さらに古い鉄器が見つかった。

先生:そうそう。紀元前2500年ごろのものという説もある。小アジアにはもともと簡易的な製鉄技術があったんですね。それをヒッタイトが発展させました。彼らが衰退すると、鉄器の製法が各地に広まったって寸法です。

―考古学博物館には日本語の解説があって居心地がいいですね。

先生:え、英語も読めるようにしておきましょう……。

ここのヒッタイトに関するコレクション量は、圧巻ですからね。

―古代を大きく俯瞰できる展示構成が素晴らしかったです。紀元前9000年からの新石器時代では、早くも初期農耕が行われていたことや、紀元前3000年からの青銅器文明の高度な工芸品。ヒッタイトがやってくるまで、この地が交易で栄えたことなど、いろいろ学べました。

先生:古代の流れが確認できてよかった。

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