「Gemini 3」の衝撃。会社から「これならAIでいい」と静かに見放される若手の特徴

著者フォロー
ブックマーク

記事をマイページに保存
できます。
無料会員登録はこちら
はこちら

印刷ページの表示はログインが必要です。

無料会員登録はこちら

はこちら

縮小

当然の話ではあるが、営業であれエンジニアリングであれ、知的労働の質を高めるには一定以上の仕事量をこなすことが必須である。野球で言えば素振りや投げ込み、走り込みといった練習量が上達につながるのと同様、仕事も仕事量が上達につながる。

ここで認識をそろえておきたいのだが、本来、量をこなすというのは根性論でもなければ、理不尽なしごきでもない。科学の実験と同じで、「何が正解か」を確かめるための手順である

義務教育で習う「対照実験」は、変数をひとつずつ変え、結果の違いから因果関係を見つける方法だった。何度も何度も試すことで、再現性のある方法を見つけるのだ。仕事でも同じで、ある程度の回数をこなさなければ、何が良かったのか、どこに問題があったのかが明確にならない。

「理解できていないからこそ動く」という本質

さらにいえば、仕事で検証すべき変数は複雑であり、暗黙知が非常に多い。その場その場の文脈によって判断基準が変わることも多く、“正解”を身に付けるまでは多くの試行回数が必要になる。

例えば営業であれば、商談相手のタイプによって振舞い方を変える必要がある。論理的な客、感情的な客、やる気のない客など、あらゆる状況に応じて商談を成功させる方法は、いくら本を読んだとてすぐに身に付くものではない。

システム開発でも同じで、事業の状況やフェーズ、チーム編成によっても担うべき役割は変わってくる。いくら技術そのものに詳しくなっても、事業成果につなげるためのエンジニアリングができることとイコールではない。

そういった、複雑かつ変化する状況に応じて“正解”にたどり着く力を身に付けるには、ひたすら検証の量を増やすしかない。量をこなすとは、苦行や根性論ではなく「比較できるだけの材料をそろえる行為」なのだ。そうやって量をこなして、質の高い仕事をできるようになっていくことを“量質転化”と呼んだりもする。

次ページ「Gemini 3」の登場で「面倒な若手」はますます不要になる
関連記事
トピックボードAD
キャリア・教育の人気記事