景色や文化は世代を超えてつながっていくーー《韓国・明洞》オーダースーツ店での「1コマ」、過去と現在が折り重なる街で考えたこと

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韓国のオーダースーツ店で採寸してもらう様子
かつては高級繁華街だった明洞に数多くあったオーダースーツ店ですが、今は数えるほどしか残っていません(イラスト:堀江 篤史)
たった1人との会話が、世界の見え方を変えることがあるーー。連載「80億分の1コマ」はノンフィクションライター・泉秀一さんが国内外で出会った人々とのワンシーンを切り取り、そこで得た気づきを深掘りしていくシリーズです。

小さな1コマから見えてくるのは、地域や国の課題であり、豊かさの定義であり、人が生きることの本質。「80億分の1の人生」が持つ視点から、カジュアルに社会を見つめます。

韓国・明洞で訪ねたオーダースーツ店

K-POPが流れるコスメショップの前を通り過ぎ、煉瓦造りのビルに入る。2階へ続く階段を上がると観光地の喧騒が嘘のように消えた。

2025年10月、仕事で韓国を訪れる機会があった。ソウルのいくつかの街の歴史と変遷を調べる必要があり、明洞もその一つだった。

明洞は今や、韓国を代表する観光地だ。K-POPグッズ店やコスメショップが軒を連ね、平日、週末を問わず外国人であふれている。最近では、日本や中国、東南アジアからのみならず、欧米の観光客の姿もよく見かけるようになった。

明洞
観光客や買い物客でにぎわう明洞(写真:gandhi / PIXTA)

かつてこの街は「韓国の銀座」と呼ばれる高級繁華街だった。その面影を探して、私は1軒のオーダースーツ店を訪ねた。

店の名は「美星NEO」。煉瓦造りのビルの2階で、階段を上がるとクラシックな雰囲気の店内に、大きな作業台と壁一面に生地やスーツのサンプルが並んでいた。

73歳の店主、ソン・ビョンチョルさんが作業台に向かっていた。お店がオープンしたのは1985年で、ビョンチョルさんは2代目としてここで仕立てを続けているという。

「明洞の歴史を聞きたくて」と切り出すと、店主は手を止めずに話し始めた。

「昔はね、この辺りは高級な繁華街だったんだ。オーダースーツ屋や宝石屋、品の良い喫茶店もあった」

1980年代。まだ高度成長期の韓国で最大の繁華街といえば、明洞だった。今では観光客の多さから原宿に例えられるが、かつては銀座のような場所だった。

「オーダースーツ屋が200軒はあってね。オシャレな人たちが着飾ってくるような場所だった。政治家や経営者、芸能人たちだってよく来たよ。民主化運動の舞台でもあった。機動隊が衝突する際、このお店は学生たちの隠れ家にもなっていたんだ」

店主の声には、誇らしさと懐かしさが混ざっていた。店内を舞う小さな埃が、外から差し込む光に照らされてキラキラと輝いている。お店が積み重ねてきた時間の証のように見えた。

「でも、時代は変わっていくね。経済発展して大手資本が台頭し、安価な既製服を大量に生産するようになった。オーダーなんて誰も頼まなくなって、今では数軒しか残ってないよ」

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