そして特殊詐欺について調べるうちに、もし犯人が逮捕されても金は返ってこないことが判明した。詐欺罪の量刑に、騙し取った金の返済義務はない。こうなると父母も、被害届を出して騒ぎを大きくするメリットはない。
──田辺さんちのお婆ちゃん、オレオレ詐欺に騙されて二百万も取られたんですって。やっぱり少しボケてたのかしら。年をとるとダメねぇ──。
そんな噂は、ご近所様にはすぐに広まるものだ。
健人はというと、結局、祖母と会うことすらなかった。我ながら薄情だと思いつつも、孫のために二百万を払った祖母に対して、何を話せばいいのかまるで分からない。
顔ぐらい見せてあげればいいじゃない、そう母は言うが、無職で卑屈になっていた健人は、自業自得だ、騙されるほうが悪いんだ、などと吐き捨ててしまう。
こうして田辺家で、祖母の詐欺被害はなかったことにされた。
世界一旨いアップルパイ
数か月後、祖母は持病を拗(こじ)らせて入院した。
病状は芳しくなく、医師曰く年齢的にもおそらく回復は望めないとのことだった。
さすがに健人も、父母に連れられて見舞いに訪れた。数年ぶりに婆ちゃんと顔を合わせる。病床で点滴に繋がれた痩せ細った婆ちゃんは、昔と同じ声色で、
「でも健ぼうが交通事故に遭ってなくて、バァバは安心したよ」
などと言うので、健人は堪らなくなって病室を飛び出した。
病院の廊下をあてどなく早足で歩きながら、幼いころの婆ちゃんとの記憶が走馬灯のように溢れてくる。すると涙まで溢れてくる。
両親が共働きだったゆえ、幼いころの健人はお婆ちゃんっ子だった。自宅近くに住む祖母に、よく面倒をみてもらった。
祖母はときに、アップルパイを焼いてくれた。パイ生地から手作りのアップルパイで、一口頬ばると、サクサクの生地の中から林檎の甘酸っぱい果汁が溢れてくる。婆ちゃんの作るアップルパイは、世界一旨いと子供ながらに思った。



















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