「家族でさえも、目が合うことが怖くて…」Netflix『匿名の恋人たち』で話題の「視線恐怖症」、3年間引きこもったボクサーが明かす"絶望と希望"
小川さんは挫折することなく練習に励むことができた。スタッフたちの適切な配慮があったからだ。例えば、「視界に人影が入るだけで鼓動が荒くなるなら」と、器具の配置を動かし、壁や障害物で視線の通り道をそっと遮ってくれた。練習中に「きついです」と言えば、「何がきついか」を具体的に聞いてくれた。
祝勝会では、人の目が気にならないよう、個室の店や空いている時間帯を選んでくれた。“背中を押す”ではなく“隣に立つ”。優しさのかけ方を当事者の形に合わせて変えてみる。そんな彼らの実践が、小川選手の足を少しずつ前へ前へと運んでいった。
そして2021年3月、地道な練習を重ねた小川選手は見事、念願のプロライセンスを獲得。長年の夢を掴んだ瞬間だった。迎えたデビュー戦も、KO勝利と勢いづけてくれた。現在の小川選手の戦績はプロ9戦で、5勝(1KO)2敗(1KO)2分け。目標は当然、「日本チャンピオンです」と小川選手。
大きな「ハンデ」を抱えながらも、心強い仲間たちに支えられ、今日も彼はリングに立つ。さらなる高みを目指して。
症状は治っていないが、「インファイト』で果敢に戦う
──こう綴ってきたが、これは単純な“克服物語”ではない。なぜなら、彼の「視線恐怖症」は今も隣にいる。つまりは治っておらず、「症状を抱えたまま」だからだ。
それでも、周囲は彼の活躍を喜んでくれている。引きこもり時代を知る親族は、毎回のように会場へ足を運んでくれ、「良かったな」「頑張ってるな」と声をかけてくれる。その瞬間、胸は温かくなる。けれど同時に、小さな罪悪感が囁く──「実はまだ治ってなくて、申し訳ない」。現実はかくも過酷だ。
そんな彼のファイトスタイルは、意外にも「インファイト」、接近戦である。ガードを固めつつ、地を踏み鳴らし、とにかく前へ! 相手とがっつり目を合わせることはできないが、全体像をとらえて、素早く隙をつくのだという。
そもそも論として、3年間の沈黙と、その後の一歩一歩が乗った彼の“拳”が、軽いはずがない。そして、これまで彼をいじめ抜いてきた“苦しみの壁”もリング上では変化する。「なにくそ」とはね返す“護りの壁”へと性質を変え、彼へのダメージを軽減してくれる。



















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