「べらぼう」恋川春町の「切腹」は本当に史実か 定信の「出版統制令」は文化弾圧だったか 「エロ・グロ・ナンセンス」規制の先に見据えたものとは

✎ 1 ✎ 2 ✎ 3 ✎ 4
著者フォロー
ブックマーク

記事をマイページに保存
できます。
無料会員登録はこちら
はこちら

印刷ページの表示はログインが必要です。

無料会員登録はこちら

はこちら

縮小

定信が『大名かたぎ』の他、何冊かの戯作本(通俗小説)を書いたことは知られている。

『大名かたぎ』では、朱子学に傾倒した大名が四角四面で道徳にうるさくなり、次に古文辞学(儒教の一派)に傾倒して政策議論に没頭し、さんざん家臣を振り回すのだが、最後には人としての「誠」が大事だということに気づいて大団円を迎えるという筋書きが展開されている。

この本の論旨は、学術的な理論では人は動かず、社会を変えることはできないというものであり、人との関わりの中で自然と発露される思いやりや誠実さが大切であるというものである。

一見すると朱子学を批判した内容に見えるが、実はこの論理展開は朱子学そのものであって、世間で誤解されている朱子学の原理主義的なイメージを突き崩している。

定信は「江戸随一の文化人」だった

また、定信は老中在任中から人を派遣し、各地の芸術品や美術品の模写をさせた上で、全国各地に所蔵されている鐘銘・碑銘・兵器・楽器・銅器・法帖・古画・印章・扁額・文房の十種、1859点を85冊に収録した、『集古十種』を刊行している。

定信は本書の作成目的を、言葉では伝わりにくい情報を絵で伝え、「物の徳」を知ることで文化の発展に寄与したいからだと述べた。

「物の徳」とは、鑑賞を通じて古物にまつわる技術、デザイン、伝承、宗教など、地層のように積み重なった要素である。要するに、先人が逸品をつくるためにかけた苦労や工夫を味わい、自分自身の仕事や生活に深く思いを馳せ、より人間的な深みを増そうとしたのである。

定信は絵画に対して理解が深く、「伴大納言絵巻」や「源頼朝像」といった、現代の教科書にも使われる古画を収録した『古画類聚』も編纂している。

他には吉原の遊女の一日を描いた「吉原十二時絵詞」、江戸の大都市ぶりを描いた「東都繁盛図巻」、職人の仕事や庶民の生活を描いた「近世職人尽絵詞」をつくらせており、庶民の生活や仕事そのものにも「物の徳」を見いだし、慈しんでいることが分かる。

次ページ定信の宿敵たちが一転して協力した理由
関連記事
トピックボードAD
キャリア・教育の人気記事