ピケティも絶賛! 革命的著作「緊縮資本主義」の衝撃 日本をも蝕む「緊縮」と「支配」と「格差」の関係
3つ目の産業緊縮だが、初耳という人も多いだろう。
経済政策には財政政策、金融政策、産業政策があるとは教えられるが、産業政策に関しては産業振興の方策は議論されても「緊縮」に関しての議論は通常はなされないからだ。
わかりやすく言えば、マッテイは「組合潰し」や低賃金維持方策を示している。
解雇をしやすくしたり、低賃金誘導をすることで、労働者階級の実入りを少なくするとともに、発言力や行動力を削ぐのが目的で、これらは「企業の安定成長」「合理化」「国際競争力の獲得」「自己研鑽と自己責任」といった理由で正当化される。
雇用環境が厳しければ厳しいほど、経営者や資本家にとっては都合がよく、また蓄えの少ない労働者にとっては隷属的な労働を選ばざるをえない状況となりやすい。
この“緊縮三位一体”が完成し、相互に補強し合うと、労働者は逃げ場がなく従順にならざるをえなくなり、自らの労働力を資本家のために安く提供をせざるをえず、場合によっては自ら進んでそのようにしてしまう。
またこれらは「勤勉」「節約」「健全」といった美徳として喧伝され行われる。
これらが第1次世界大戦前後からイギリスやイタリアで徹底的に行われ、そして経済学を介して世界各国に蔓延し、現在にまで影響を与えていると彼女は主張する。
専門家の激論を呼ぶ3つの論点
以上、マッテイの主張を見てきたが、いかがだろうか。
もちろん反論があるのは本人も承知の上だとして、その想定問答の主なものを見ていこう。
これは「見えざる手」を市場原理として経済の最適化を目指す現在の主流派経済学(新古典派経済学)の考えからすれば真っ先に出てくる疑問だろう。
財政、通貨、産業が健全でなければ経済の最適化は危うくなる。緊縮は悪影響があるとは言っても、それが経済環境の維持に必要なこともあるのではないか。
実際に財政赤字が増えすぎても金利は上がり、通貨量が増えすぎてもインフレになり、産業がしっかり存在しなければ雇用先がおぼつかないではないか。
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