
私は大手総合商社、星紅物産のシンクタンクで主席研究員を務めている。専門は中国情勢の分析で、気づけば40年近く中国をウォッチし続けてきた。
ようやく秋が感じられるようになった10月の今日も最寄り駅で電車を降り、徒歩で会社に向かう。エントランスの正面ゲートはじめ、カードキーと生体認証でいくつかのセキュリティチェックを通り抜け、10分近くかけて自分のデスクに到着した。
最初の仕事は、午前を丸々費やして、日本の新聞各紙と中国語・英語の主要紙のデジタル版に目を通して、中国関連報道を中心に内容をチェックしメモを作る。お供のコーヒーはインスタントだが、ドリップ式の小さな贅沢くらいは許されるだろう。
情報収集の基本は新聞、SNSや動画は娯楽
新聞記事に目を通しつつ、隣に座る研修中の若手に対し、後進育成の熱い思いを込めて、毎日のように同じセリフをつぶやく。
「中国情報の分析担当者は、公開情報の代表である新聞紙を、複数まんべんなく読むのが基本だよ。活字メディアをオールド・メディアと呼んでバカにするのは、情報分析のイロハがわかってない証拠。真実と恩寵はたいてい太陽の光のもとにある。Hiding in Plain Sight(ありふれた光景に紛れている)」
「ソーシャルメディアの動画解説なんて所詮はアテンション・エコノミーの産物で、インプレ(インプレッション、表示回数)稼ぎのための娯楽だよ。2言目にはチャンネル登録! チャンネル登録! そんなところでやりとりされる『実は……』で始まる話は、信じちゃだめだ。だいたい、ほとんどの人が知らないような、真実性の高い良質な情報をタダで教えてくれると思うか? 投資詐欺じゃあるまいし」
「そもそもインテリジェンス活動は、情報の収集より分析のほうが難しいんだよ。マスターするには、地道で継続的な努力と一定の知的訓練が必要だ。活字媒体を毎日きちんと読むのがその第一歩。というか、それがアルファにしてオメガ。内話はここぞというときの判断に威力を発揮する必殺技で、職業外交官でもない民間人が日常的に奥の手を言い出したら、分析者としてその人はもうおしまいでしょ。そもそも内話だって偽情報が盛りだくさんで、相手が真実を語っているか、自分の質問に少なくともウソをつかずに沈黙してくれているかは、活字媒体と人生経験で得られた知恵と、食事をおごったりおごられたりして長年培った信頼関係があってこそなんだよ」
無料会員登録はこちら
ログインはこちら