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高市首相の「台湾有事」答弁をめぐり雑な議論が広がる理由。制度の位置づけ、日中関係、台湾認識、別々に議論すべき3つの課題

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*本記事は2025年12月27日17:00まで無料で全文をご覧いただけます。それ以降は有料会員限定となります。
会見を終えて退出する高市首相
波紋を呼んだ「台湾有事」に関する高市首相の答弁だが、それをめぐる議論は十分整理されていない(写真:Bloomberg)

高市首相による「台湾有事は存立危機事態になり得る」との答弁は、中国の激しい反発を招き、日本国内でも台湾問題に対する議論が改めて沸騰した。賛否の意見が出る中、毎日新聞が12月22日に報じた世論調査では、答弁を「撤回する必要はない」が67%を占め、「撤回すべきだ」の11%を大きく上回った。

2025年も終わろうとする中、政治家やメディア、SNS上ではなおも様々な議論や言説が飛び交う。ただ、高市答弁をめぐる多くの議論がどこか空回りしているように見えるのは、本来それぞれ別個に検討すべき3つの次元の問題が錯綜しているためである。

第1に安全保障法制と「存立危機事態」をどう位置づけるか、第2に「一つの中国」政策および日中間の「四つの政治文書」と高市発言との関係をどう理解するか、第3に台湾側の受け止めや現地政治の文脈をどう読むか、という3つの論点である。以下、順に見ていく。

政府方針転換ではないが、粗雑な答弁だった

まず答弁の真意を明確にしておく必要がある。一部メディアや世論の反応に見られるような、「台湾そのものを防衛するため、自衛隊が集団的自衛権を行使して防衛出動する」というシナリオは、現行法制および政府見解からすれば議論の範囲外である。

高市首相の答弁が想定しているのは、あくまで「台湾有事」にともない発生し得る日本への影響が「存立危機事態」に該当し得るかどうかという、日本自身の安全保障の問題だった。その意味で、「台湾有事の際に米軍が武力攻撃を受ければ、存立危機事態に該当し得る」というロジック自体は、日本の既存政策の枠内にとどまり、方針転換ではない。

問題はその論理の飛躍にある。高市首相が「海上封鎖時に武力行使があるような事態は『どう考えても』存立危機事態になり得る」と言い切った点は、極めてミスリーディングだった。

「存立危機事態」の認定は、日本と密接な関係にある他国に対する武力攻撃が発生して当該国からの救援要請を受け、それによって「日本の存立が脅かされ、国民の生命、自由および幸福追求の権利が根底から覆される明白な危険がある」ことを要件とする。海上封鎖の発生が即座に米中間の交戦状態を意味するのか、またその武力行使が具体的にどのように日本の存立を脅かすのかといった重大かつ未知の変数を無視したまま「どう考えても」と結論づけることは、法解釈としても現実認識としても粗雑と言わざるを得ない。

加えて、そもそも「存立危機事態」とは、日本国内の憲法解釈と安保法制の中で導入された国内的な法概念であり、外国にとっては本質的に理解しがたい。国内世論や一部メディアさえ正確に文脈を理解しているか心もとない状況では、対外的にはなおさらミスリーディングな議論を生みやすく、言葉足らずの発言は国内外に誤ったメッセージとして受け取られかねない。

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