それに比べたら、現代はまだマシ。1カ月も前から言い渡すし、何より出身地に近い関東へ戻れるのだから、辞令を見た本人はさぞかし喜ぶだろう……。
そんな思い込みもあり、特に何も考えず異動の件を伝えると、部下はなんと翌週に「退職します」と言ってきたのだ。
なぜデータと論理が響かなかったのか?
このほど発表された総合求人サイト『エン転職』のアンケート結果によると、転勤経験者の44%が転勤をきっかけに退職を考えたことがあるという。
今回のケースも、いくら出身地に近い関東への異動とはいえ、上司はもう少し慎重に物事を進めるべきだった。退職の意思を示され、慌てた上司は、千葉支店の売り上げ推移や市場規模の比較データ、DXの取り組みなど、異動先の強みを数字とグラフで示し、説得を始めた。
「千葉の市場成長率は高く、前年比20%もアップしている」
「顧客リストの数は1000社を超える」
「千葉の支店長がDXに力を入れていて、生産性スコアは東京本社より15%も高い」
だがいくら力説しても、部下の気持ちは変わらないようだった。それどころか、表情は曇るばかり。
実はこの若手、数字やデータではピンとこないタイプだった。関西で頑張ろうと決意できたのも、先輩の成功体験やエピソードを聞いたからだった。データではなく、ストーリーが彼を動かしていた。
なのに上司は、そのことに気づいていなかった。
「俺も最初は不安だった。でも3カ月もすれば関西の温かさがわかる。1年後には第二の故郷になってるよ」
「朝、オフィス1階にあるコンビニへ行くと、ミャンマー人の店員が関西弁で挨拶してくるんだ。ビル清掃のおばちゃんも気軽に話しかけてくれる。仕事で凹んだときに、なんか救われるんだよ」
入社後の配属では、このようなエピソードトークがあったからこそ、部下は関西で働く自分をイメージできた。データではなく、ストーリーが彼の心を掴んでいたのだ。
上司の失敗は明白だった。なぜなら常に「自分視点」で話していたからだ。
自分が論理的な人間だから、相手も数字やデータを使えば納得するだろう。いや、根拠のある数字で納得しないようではダメだ、とまで思い込んでいる。
だから部下が「顧客リストの件数とか、DXの推進レベルとか、そういうのじゃなくて……」と反論しても、「アパートの賃料だったら、千葉にも安いところがある。平均すると関西より15%ほど安くなるはずだ」と返してしまっていた。
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