
――ピアノの台数では日本勢のシェアが圧倒的である一方、フルコンサートピアノの世界では、スタインウェイ&サンズが極めて高いシェアを占める構造にあります。
大久保:スタインウェイは創業が早く、日本のメーカーは後発だった。カワイも創業こそ早かったが、本格的に世界市場へ進出したのは戦後。復興の中で世界各地にホールが次々と新設された時代、そこに導入されたのはスタインウェイであり、われわれはその後に参入したという経緯がある。
阿部:スタインウェイがすばらしいピアノであることは間違いない。しかし「日本製が劣るから今の状況がある」ということは決してない。
ピアノは寿命が長く、歴史や文化と深く結びついているため、そう簡単に勢力図は変わらない。コンクールという場は、メーカーの実力や努力を多くの人に伝えるには絶好の機会であり、注目度と影響力は大きい。
極限の状態で音を整える
――調律師は、コンクールの土壇場でどこまでピアノをコントロールできるものなのでしょうか?
大久保:設計者が図面を描き、研究開発者や木工の職人たちがその設計思想を具現化していく。この段階で、ピアノのポテンシャルの99%は、すでに決まっている。
調律師の役割は、残る1%をいかに100%に近づけるかにある。調律師の手でピアノそのものを作り替えることはできない。極限の状態で、わずかでも音の方向性や響きを整え、100を101、102にできるかどうかにある。
阿部:コンクールは各社とも、ピアノとしてはすでに100点満点級の楽器を持ち込んでくるので、わずか1点、2点をどう積み上げるかという世界。紙一重の差が結果として大きな差になる。大久保は今、謙遜しているけれど、そこにノウハウや経験が詰まっている。
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