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1970年代に入ると、自動車業界はニクソン・ショックやオイルショック、排出ガス規制などに直面した。日産は、1971年に栃木工場が操業を開始したものの利益の伸びは鈍化。1973年のオイルショック後は「製品値上げを全面化しても減益基調」との記述が見られ、1974年には「連続減益」に陥るなど、苦しい経営が続いた。
1970年代後半には日本車が海外で評価
(画像:「会社四季報」1974年新春号)
しかし、1970年代後半には日本車が海外で評価され、自動車の輸出が急増していく。1976年には福岡県の苅田工場(直近発表では追浜工場の生産を集約化することに)での生産を開始するなど、再び生産増強を進めていく。
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