CAさんが「スッチー」と呼ばれ、水天宮前で“出国手続き”ができた時代があったーー日本の玄関口≪成田と羽田≫の歴史を”アナログ写真”で振り返る

✎ 1〜 ✎ 12 ✎ 13 ✎ 14 ✎ 15
著者フォロー
ブックマーク

記事をマイページに保存
できます。
無料会員登録はこちら
はこちら

印刷ページの表示はログインが必要です。

無料会員登録はこちら

はこちら

縮小

成田のターミナル内の風景を見ると、浮かれ気分の海外旅行客や、テレビ・コマーシャルで「24時間働けますか?」と問いかけられ、ハードな海外出張にも耐えていたジャパニーズ・ビジネスマンの姿が見受けられる。

成田空港、帰国した背広組たち
成田空港、帰国した背広組たち(1987年11月11日、望月撮影)
成田空港ロビー
成田空港ロビー(1985年3月)

スーツケースのデザインに時代を感じる

空港内の風景は昨今とそれほど違っていないようだが、海外旅行の必需品であるスーツケースのデザインだけは、今時、キャリーケースと呼ばれているものとまったく異なっているのには隔世の感がある。

成田空港、山積みされた海外旅行カバン
成田空港、山積みされた海外旅行カバン(1987年11月11日、望月撮影)
成田空港出発ロビー
成田空港出発ロビー(1990年10月、本橋英明撮影)
次ページはこちら
関連記事
トピックボードAD
ライフの人気記事