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なぜ日本の低容量ピル承認はアメリカにも、北朝鮮にも遅れたのか?『ピル承認秘話』著者の産婦人科医が語る、40年以上の空白期間に起きた攻防

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『ピル承認秘話 わが国のピル承認がこれほど遅れた本当の理由(わけ)』の著者
[著者プロフィル]北村邦夫(きたむら・くにお)/日本家族計画協会会長。群馬県渋川市生まれ。1978年自治医科大学医学部を第1期生として卒業。群馬県庁に在籍する傍ら、群馬大学医学部産科婦人科教室で臨床を学ぶ。2018年から現職。日本思春期学会名誉会員、日本母性衛生学会名誉会員(撮影:梅谷秀司)
コンドームより避妊効果の高い、低容量ピル。日本での承認は1999年で、議論開始から40年以上の年月が必要だった。承認時期は諸外国と比べると大幅に遅く、アメリカに約40年遅れ、北朝鮮にも先を越された。この問題に取り組んできた、産婦人科医・北村邦夫氏(日本家族計画協会会長)は、男性中心社会の弊害を指摘する。

「女性のエンパワメント」

──なぜ北村さんは、低用量ピルの承認に尽力されたのですか。

『ピル承認秘話 わが国のピル承認がこれほど遅れた本当の理由(わけ)』(北村邦夫 著/薬事日報社/1980円/225ページ)書影をクリックするとAmazonのサイトにジャンプします。

きっかけは「女性のエンパワメント」という視点に出合ったことにある。88年に日本家族計画協会で働き始めた当初、私は「人口爆発を防ぐには避妊や性教育が必要だ」と、いわばマクロな視点でピルを捉えていた。

しかし海外の専門家の話や国際会議などでの議論に触れ、衝撃を受けた。そこで重視されていたのは個の主体性、つまり女性が男性と対等に、自らの意思で「産む・産まない」を決定できること、まずそれ自体が権利として浸透しなければならないという話だった。ピルはそのために不可欠なものだ。日本の女性にもこの主体性を広めたいとの思いで活動を始めた。

──本書には、承認目前で何度も政治に阻まれてきた過去が記されており、驚きました。

日本の製薬企業は決して遅れてはいなかった。50年代から開発が進み、65年には承認目前だった。ところが、厚生省(現・厚生労働省)の部会が前日に突如中止。一説には、当時の佐藤栄作首相夫人が「性道徳が乱れる」と懸念を示したからといわれている。それが理由なら、リーダー周辺の価値観一つで、企業の投資も科学的データもおじゃんになったことになる。

その後も承認されず、90年ごろには年間40万件以上の中絶が行われていた。その中で、低用量ピルより副作用が強く出やすい、中高用量ピルが避妊用に転用される異常事態が放置されてしまった。

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