なぜ日本の低容量ピル承認はアメリカにも、北朝鮮にも遅れたのか?『ピル承認秘話』著者の産婦人科医が語る、40年以上の空白期間に起きた攻防
「女性のエンパワメント」
──なぜ北村さんは、低用量ピルの承認に尽力されたのですか。
きっかけは「女性のエンパワメント」という視点に出合ったことにある。88年に日本家族計画協会で働き始めた当初、私は「人口爆発を防ぐには避妊や性教育が必要だ」と、いわばマクロな視点でピルを捉えていた。
しかし海外の専門家の話や国際会議などでの議論に触れ、衝撃を受けた。そこで重視されていたのは個の主体性、つまり女性が男性と対等に、自らの意思で「産む・産まない」を決定できること、まずそれ自体が権利として浸透しなければならないという話だった。ピルはそのために不可欠なものだ。日本の女性にもこの主体性を広めたいとの思いで活動を始めた。
──本書には、承認目前で何度も政治に阻まれてきた過去が記されており、驚きました。
日本の製薬企業は決して遅れてはいなかった。50年代から開発が進み、65年には承認目前だった。ところが、厚生省(現・厚生労働省)の部会が前日に突如中止。一説には、当時の佐藤栄作首相夫人が「性道徳が乱れる」と懸念を示したからといわれている。それが理由なら、リーダー周辺の価値観一つで、企業の投資も科学的データもおじゃんになったことになる。
その後も承認されず、90年ごろには年間40万件以上の中絶が行われていた。その中で、低用量ピルより副作用が強く出やすい、中高用量ピルが避妊用に転用される異常事態が放置されてしまった。



















