さらに問題なのは、話しているうちに事実が歪んでいくことだ。
Mさんの話を聞いていた課長は、途中でこんな反応をした。「でも、フォーマットの件だけなら、そこまで怒ることでもないんじゃない?」
すると、Mさんは慌てて付け加えた。「いや、フォーマットだけじゃないんです。向こうの言い方が本当にひどくて……。まるで私を見下すような感じだったんです」
これを聞いた課長は激昂した。課長自身、以前、総務部と揉めたことがあったからだ。「総務部はいつもそうだ! 俺たちを『下』に見てるんだよ」
課長が怒ったせいで勢いがつき、Mさんも調子に乗って続けた。
「君たちは『総務の言うことを聞いておけばいいんだ』みたいな、そんな言われ方をした気がします」
一度口に出してしまうと、それが事実のように定着してしまう。
「総務部って、本当にひどい人ばかり。自分たちが会社の中心だと思っている」
Mさんは吹聴するようになった。いつの間にか、誇張された話が「事実」としてMさんの記憶に刻まれてしまったのだ。
実際には、総務の担当者はそんな対応をしていない。その当時、素っ気ない態度をとったかもしれないが、それは組織変更が間近に迫った時期で、忙しすぎたせいだったと後でわかった。
傾聴の押し売りがもたらす悪循環
この課長の最大の問題点は、「傾聴の押し売り」をしてしまったことだ。
Mさんは最初、「大丈夫です」と断った。自分で解決しようと思っていた。時間が経てば気持ちも落ち着くだろうと考えていた。しかし課長は、そんなMさんの意思を無視した。
「話すと楽になるから」
この言葉の裏には、課長自身の思い込みがある。「部下の話を聞くのが良い上司」「ガス抜きをすれば問題は解決する」こうした自分視点の考えが、相手の気持ちを見えなくさせていた。
Mさんが退職した後も、課長は何かあるたびに部下を呼び出しては、こう話しかけた。
「最近どう? 何か不満があれば話を聞くよ」
「愚痴でもいいから聞かせて」
課長の部下は、ことごとく疲弊していった。なぜなら課長と話せば話すほど、職場の不満が募っていったからだ。
無料会員登録はこちら
ログインはこちら