「日銀と土地を交換」「バブル期には地下にパブがあった」 【渋イイオフィス探訪】東洋経済新報社の”1961年竣工”の本社ビルの"内情"
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その際、50年間たまり続けた膨大な資料や書類を社員総出で大整理/大処分したらしい。
地下1階にある、かつてのパブレストラン跡は防災備蓄倉庫に

ビルの裏側にあるスペース。今はシャッターが降りている(筆者撮影)
時代とともに役割が変化した場所は、まだある。
ビルの裏手、シャッターの向こうに見えるのはバブル全盛の1989年頃から2010年代前半まで存在した、パブレストランの入り口なのだ。

『会社四季報』の会社のビルとは思えない(?)かわいらしいデザイン。バブル時代の面影がここに残っている(筆者撮影)

地下への階段。かつてはパブレストランがあったが、今は日本橋川の水害対策として、防水板を設置している(筆者撮影)
キャビン(船室)を模した内装が特徴的なお店だったそうだ。
750円のランチが人気で、昼は行列になっていたらしい。夜はバーとして、接待や新人歓迎会にも使われていた。

地下1階、かつての店内に入らせてもらった(筆者撮影)

今は、所狭しと非常食や事務用品などが置かれている(筆者撮影)
バブル時代に作られたらしく、木をふんだんに使用した豪華な内装だったそうだが、今は面影もない。
さらに昔、ビルができた当初は社員食堂だったという歴史もあるそうだ。

レストラン時代の大きな換気扇は、今もゴウンゴウンと音を立てていた(筆者撮影)
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