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地下にパブが?「四季報の会社」知られざる実態

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ということはつまり……。

今の日本銀行新館の場所に旧本社ビルが建っていたのだ!(筆者撮影)

この旧社屋は1931年〜1961年まで使われた。東洋経済の代名詞ともいえる『会社四季報』の創刊(1936年)もこの時代だ。

戦後のさらなる規模拡大とともに、旧社屋が手狭になってきたことを受け、4度目の本社移転を行う。

その際、日銀とお互いに持っていた土地を交換する……という思い切った取引をして、今の場所に落ち着くのである。

右から東洋経済本社ビル、日銀分館(貨幣博物館)、日銀本館。見切れた左隣には旧社屋のあった日銀新館がある。あらためて見ると、すごいところに建っている!(筆者撮影)

1961年、竣工当時のビルの姿はこれだ!

完成したばかりの本社ビル。まだ首都高もできていない時代だ(『東洋経済新報社 百年史』p821より)

よく見ると、外観が今とすこし異なることにお気づきだろうか。

側面の外壁に注目だ。

現在のビルの側面は金属パネルになっている(筆者撮影)

当時はここがシックな茶色いれんが壁だったのだ。今より空気が汚かった高度経済成長期、汚れていく壁面にどう対応するかが課題となっていた。

その点、このビルの解決方法はユニークだ。あえて洗わず、汚れてもそれが味になるという理由でれんが壁が選ばれた。

また、前面のアルミ&ステンレスのカーテンウォールとの対比に、伝統と革新という日本橋のイメージが投影されている。

1989年に外装を現在のようにリニューアル(筆者撮影)

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