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ライフ #『お金と宗教の歴史』

「坊主丸儲け」は遠い過去の話。経済基盤の弱い寺から順番に淘汰が進む深刻な未来。実は仏教に清貧の思想はない? 手放すのはお金でなく執着。

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  • 大愚 元勝 佛心宗大叢山福厳寺住職、慈光グループ会長
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意外に思われるかもしれませんが、お釈迦様は人が財を成すことを否定しませんでした。いや、むしろ奨励していたと言っていいでしょう。お釈迦様は、修行僧と一般の人に分けて教えを説かれました。それぞれに対する教えは違っていました。

手放すのはお金でなく執着

一般の人には、「勤勉に働き、蟻が蟻塚をつくるようにきちんと財をなしなさい」と奨励しました。なぜならスポンサーがいなくなったら、僧の修行を支えてくれる人がいなくなってしまうからです。

ですから仏教は、一般の人に対しても「清貧であれ」とは言っていないのです。この辺りは、もしかすると勘違いされている部分かもしれません。

当時は貨幣経済ではなかったものの、仏教の財に対するスタンスは、明白です。

しっかり働き財を成す。そしてその財を、社会に貢献する人に生かしてもらう。そのお金で生活する人は、厳しく自らを律する。これが現代における仏教的なお金の考え方といえるでしょう。

そうすることで、お金は社会を循環します。血液もお金も、1カ所に留まり流れなくなると害を及ぼします。前者は体の害に、後者は社会の害になります。大切なのは、お金を滞らせないこと。サラサラと流れるようにすることです。貯めることだけに専念するのではなく、お金を社会で生かす方法を考えることです。これはつまり、お金への執着を手放すということなのです。

お金に執着しない。

お金をもたないのではなく、働いて得たお金をうまく流していく。それこそが仏教のお金に対するスタンスなのです。

(構成:黒坂真由子)

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