名探偵シャーロック・ホームズは“メンタルの振れ幅が激しい”、相棒ワトソンは”酒好きな元軍医” 「有名コンビ」の意外に知らない人物像

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こうした手がかりを追うときのシャーロック・ホームズは、まるで別人のようだ。ベイカー街の部屋で冷静に推理をめぐらせる姿しか知らない者は、彼だとわからないだろう。顔は紅潮したかと思えば曇る。まっすぐな2本の黒い線のような眉の下で、目が冷ややかな光を放つ。

唇を引き結び、背を丸めて下を向き、長い首には血管が鞭縄(むちなわ)のごとく浮き出ている。追跡への純然たる動物的欲求で鼻の穴をふくらませ、もっぱら目の前のことに集中するあまり、どんな質問や意見も耳に入らず、運よく入ったとしても、せいぜい苛立たしげに短くうなるだけだ。

落ち込みがちで「芸術家肌」な名探偵

このような高揚感とは対極の状態もしばしば見られた。

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テンションが高まるような事件がないときには、ホームズは典型的なうつの症状を示し、こともあろうに違法薬物をエネルギーのはけ口としていた。

『緋色の研究』で、ホームズはワトソンに対して「ときどき気分が落ちこんで、何日も口をきかないことがある」と打ち明けている。「そうなっても、機嫌が悪いとは思わないでほしい。ただ放っておいてくれ。すぐに普通に戻るから」。

それだけではない。未解決の問題に直面すると、自身の基本的な生理的欲求まで気が回らなくなってしまう。それについては、ワトソンの描写がわかりやすい。

「真相を突き止めるか、情報が不足していると確信するまで、何日間も、下手したら何週間も休まずに考えをめぐらせ、幾度となく事実を整理し、あらゆる観点から眺めるのだ」

仮にホームズが、どこかの職場で見かけるような標語の愛好家だったとしたら、ベイカー街221Bの机の上に、「この仕事は変わり者でなくてもできるが、変わり者であれば尚よし」などと貼られていたかもしれない。

要するに、ホームズになることは簡単ではない。小心者には彼の思考回路をたどることは無理だろう。ホームズが推理をめぐらせるのは、ほかに道がなかったからだ。そうしなければ、自分らしく生きられなかった。

『緋色の研究』で、彼は自身の抗いがたい義務感をほのめかしている。

「色がない人生の糸かせに殺人という緋色の糸が交じりこんでいる。それをほどいて取り出し、端から端までさらけ出して見せるのが、僕たちの仕事だ」

そんなホームズは、ワトソンの目には「偉大な芸術家のご多分にもれず、自身の芸術のために生きている」と映っていた。

ダニエル・スミス ノンフィクション作家、編集者、リサーチャー

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Daniel Smith

ノンフィクションの作家、編集者、リサーチャーとして活躍。おもな著書に『Sherlock Holmes: An Elementary Guide』『Forgotten Firsts: A Compendium of Lost Pioneers』『Trend-Setters and Innovations』、クイズ本『Think You Know It All?』など。図書館にこもっている以外は、妻のロージーとさまざまな魚たちとともにイースト・ロンドン在住。

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清水 由貴子 英語翻訳者

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しみず ゆきこ / Yukiko Shimizu

英語翻訳者。上智大学外国語学部卒。おもな訳書に『How to BePerfect 完璧な人間になる方法?』(小社刊)、『初めて書籍を作った男 アルド・マヌーツィオの生涯』(柏書房)、『トリュフの真相 世界で最も高価なキノコ物語』(パンローリング)、『ニール・ヤング 回想』(河出書房新社)などがある。

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