名探偵シャーロック・ホームズは“メンタルの振れ幅が激しい”、相棒ワトソンは”酒好きな元軍医” 「有名コンビ」の意外に知らない人物像
だが、実際は違う。ワトソンはれっきとした医師で、インドとアフガニスタンで軍医として従軍した経験がある。もちろん欠点もあるが(酒と賭博に目がないことは、たびたびほのめかされている)、ホームズとの関係では、つねに忠実で、驚くほど勇敢で、しばしば名探偵に欠けている人間らしさも見せている。
ホームズもそのことを理解していた。ワトソンをからかうときには、いかにも固い友情で結ばれた男どうしのように、茶化した口調になる。ワトソンが自身の性格の穴を埋めてくれる存在で、事件の捜査には欠かせない最高の協力者だと見抜いていたのだ。ホームズにとっては、まさに「心から信頼できる人物」だった。
その証拠に、『バスカヴィル家の犬』で「窮地に追いこまれたときに、そばにいて、これほど心強い人物はほかにいない」と認めている。
ホームズとワトソンが名コンビである理由
何よりも、ワトソンは申し分のない女房役だ。たがいに意見を交わしながら、名探偵が思考を組み立てるのをサポートする(もっとも、ホームズの思考回路は腹立たしいほど不可解だが)。
ホームズによれば、「事件を解決するには、一部始終を言葉にして誰かに聞かせることが一番だ」。たとえ推理に矛盾があったとしても、ワトソンと議論を重ねれば、かならずと言っていいほど誤りが明らかになった。
いっぽうのワトソンは、犯罪捜査における自身の役割を心得ていた。『這う男』では、「私は彼の頭の砥石だ。彼に考えるきっかけを与えた」と断言している。
『最後の挨拶』で、ホームズは「きみは昔のままだ、ワトソン。どれだけ時代が変わっても、ちっとも変わらない」と言っているが、彼の心情が最もよく表れているのは、『瀕死の探偵』の「きみに失望させられることはあるまい。これまで一度もなかったのだから」という台詞だろう。
本人も認めているが、「誰かを愛したことはない」ホームズは、詩人ジョン・ダンの言葉にあるとおり、「人は1人では生きられない」ことを知っていた。信頼できる友情は、自分の価値を損なうものでも名誉を奪うものでもなく、むしろ人生を豊かにすることを理解していたのだ。