教育改革の嚆矢となる「シモキタカレッジ」の挑戦 「互いからの学び」に込めた教育起業家の思い
堀内:日本では先輩・後輩という意識が強くあって、タテ関係を飛び越えていくのはとてもハードルが高いことですが、学寮はシステムとしてそれを取り除く効果があることがよくわかりました。
小林:その通りですね。人間関係には、常にある程度の摩擦が伴います。一人でいるほうが楽に感じることもありますし、人とかかわるにはエネルギーが必要です。同世代の仲間よりも年上の先輩との会話、自分と同じ分野で働く同僚よりもまったく違う分野の人とのやりとりは大変。それでも、未知の世界に触れ、その面白さを知ることが、学びの目的そのものですよね。であれば、優れた教育の場には、こうした摩擦を減らす役割があるのです。
少し歴史を振り返ると、オックスフォード大学やケンブリッジ大学が誕生した背景には、当時のヨーロッパに存在した学者のギルド(組合)と、学ぶ人々で構成された学生のギルドという、2つの組織が関係しています。役割の異なる2つの組織が融合することで、近代的な大学が形作られていったのです。
こうした経緯もあり、オックスフォードやケンブリッジでは「ユニバーシティ」と「カレッジ」が今でも独立して存在します。ユニバーシティは学部や学科の集合体であり、研究や学位授与など「学問の場」としての役割を持ちます。一方で、カレッジは学生と教員が寝食を共にしながら交流し、学び合う「生活と学びの場」としての性格が強いのです。
異なる学問を学ぶ教授と大学院生、学部生や時に卒業生までもが、フラットな関係で語り合い、共に成長していく——そんな場が歴史的にカレッジです。だからこそ、カレッジの中では、学者や学生はみなフェロー、つまり学ぶ仲間と呼ばれるわけですね。
イギリスとアメリカの大学教育の違い
堀内:なるほど、よくわかりました。オックスフォードやケンブリッジの話が出ましたが、イギリスの教育とアメリカの教育について、何か違いを意識される点はありますか。
小林:これらは非常に近い仕組みですが、アメリカの大学が優れたビジネスモデルを確立した点は注目に値すると思います。元々、アメリカのリベラルアーツ教育はイギリスのカレッジ制度を発展させたものでした。歴史を紐解くと、20世紀に入る前は、今のアメリカの名門大学も牧歌的な一地方大学に過ぎませんでした。学問の最先端にいた人たちの多くはドイツの研究大学にいて、アメリカの存在感はありませんでした。
国力増強のため科学技術の研究を重要視したアメリカは、主要大学において物理や化学といった研究を重視し、ドイツ型の研究大学を組織しました。
その代償として何が起こったかというと、大きな講堂で先生が一方的に話をする形式の授業が増え、学生たちが授業を聴かず、また出席しなくなった。キャンパスに知的な議論が一切なくなって、アカデミックな空気が失われてしまったのです。