「成功したのは実力のおかげ」と考える人や「失敗したのは自分のせい」と考える人は、なぜ偶然の影響を無視してしまうのか

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研究者たちが実験を行い、同じ環境で育てた遺伝的に同一のショウジョウバエの行動を比較した。

すると依然として、非遺伝的形質に不可解な多様性がかなり見られた。それらの違いは、神経の配線における、見たところランダムなほんのわずかの相違のせいらしかった。発達期間中の小さな変動が、一生にわたる影響を及ぼしたのだ。

人間で同様の実験をするのは倫理にもとるものの、私たちの脳はハエの脳と構造が似ているので、その配線も、私たちの誕生前からすでに偶然ではあるけれど重大な変動を起こしていることが十分考えられる。

私たちは、偶然の出来事のなすがままのことがあるのだ――そうではないふりをどれほどしようとしても。

この世界は偶発性か、収束性か?

こんなふうに世の中を見ることを嫌う人も多く、彼らは、そのような考え方は哲学者が思いを巡らせるのには打ってつけではあっても、その種の変動はただの「ノイズ」にすぎない、と断言する。

そうした一見ランダムな変動は、時間がたつうちにあっさり消し去られてしまうのかもしれない。変化は明確な構造を持つパターンと秩序に即して起こるに違いないではないか。それならば、核心にあるその謎に、いよいよきっぱりと答えを出そう。

私たちの世界は偶発性なのか、それとも収束性なのか? 万事は理由があって起こるのか、それとも、物事はたんに起こるのか?

(翻訳:柴田裕之)

ブライアン・クラース ユニヴァーシティ・カレッジ・ロンドン准教授

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Brian Klaas

ミネソタ州で生まれ育ち、オックスフォード大学で博士号を取得。現在はユニヴァーシティ・カレッジ・ロンドンの国際政治学の准教授。『アトランティック』誌の寄稿者で、『ワシントン・ポスト』紙の元ウィークリー・コラムニスト。受賞歴のあるポッドキャストPower Corruptsのホストを務めている。著書に『なぜ悪人が上に立つのか』がある。個人のホームページはBrianPKlaas.com、Xのアカウントは@BrianKlaas。

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