「スタバでフラペチーノを買うのは何のため?」、無理してテンションを上げる現代人。哲学者が考える"常時接続の世界"「しんどさ」の正体

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こういう人間は、最も愚かな「気晴らし」に終始しており、醜い虚栄心をこじらせていると考えたのです。ウッ……。

テンションを上げないとまともに生活できない

あくせくいろいろな活動や交流で自分を取り巻き、気晴らしを求める落ち着きのない存在、それがパスカルの認識でした。ここには、無理してテンションを上げているかのような姿勢が垣間見えます。自己肯定を通じてテンションを上げなければ、社会生活を乗り切れない、というような。

実のところ、現代社会はこうした傾向を極端に加速させたような特徴を持っています。

では、17世紀のパスカルから、視線を現代へと移動させますね。社会学者の鈴木謙介さんは、現代の若者の就職活動について語った過去のインタビューで興味深いことを述べています。

例えば、就職活動を始めた段階で、彼らは適職探しを強いられる。本来、適職とは、経験や実績、人間関係の積み重ねの上に見いだされるはずのものである。だから、ほとんど就労経験のない学生に、どういう仕事が向いているのかと聞いても分かるはずがない。
しかし、無理にでも「これが私のやりたい仕事です」と自分を盛り上げなければ、就職試験には臨めない。けれども、もともと無理があるのでハイテンションな状態は長続きしない。長続きしないがゆえに落ち込み、落ち込むがゆえにハイテンションが要求されるという循環に陥る。

このインタビューでは就活を例に説明されていますが、こうしたメンタリティそのものは現代社会に広く見いだされるものだとされます。テンションを上げなければ、まともに生活を送ることもできないが、ハイテンションは持続せず、でもその状態でいられないので、無理にでもテンションを上げることを私たちは繰り返している、というわけです。

このメンタリティは、「ハイテンションな自己啓発」とも呼ばれています。頑張れば何とかなるはずだという価値観、適した仕事があるはずだという幻想、先行き不透明な社会、流動的な雇用、将来への漠然とした不安が絡まり合い、躁(そう)状態と鬱状態を繰り返すような自己のあり方に変質してしまっていると考えられたのです。

こうした心のありようの変化は、現代人のメンタルヘルスに直接的な影響を及ぼしている可能性があります。WHO(2021)によると、世界の鬱病患者は成人の5%、つまり約2.8億人います。相当な数ですよね。

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世界の医療的な診断基準・診断分類のスタンダードとなっている「DSM」が1980年代に改訂され、「鬱病(depression)」とされる範囲が広がったこと、80年代末から90年代にかけて新世代の抗鬱剤が登場し、製薬業界による世界的なマーケティングが行われ、鬱病の認知が広がったという事情が、この多さに関係しています。

鬱病をはじめとする精神疾患がありふれたものになるにつれて、それはますます個人の問題になりました。こうした自己責任化の流れによって、「多くの人々が、多かれ少なかれメンタルヘルスの病を抱えながら、それを薬でコントロールしていく、というライフスタイルが常態化」しているのです。

谷川 嘉浩 哲学者

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たにがわ よしひろ / Yoshihiro Tanigawa

1990年生まれ。京都市在住の哲学者。

京都大学大学院人間・環境学研究科博士後期課程修了。博士(人間・環境学)。現在、京都市立芸術大学美術学部デザイン科講師。

哲学者ではあるが、活動は哲学に限らない。個人的な資質や哲学的なスキルを横展開し、新たな知識や技能を身につけることで、メディア論や社会学といった他分野の研究やデザインの実技教育に携わるだけでなく、ビジネスとの協働も度々行ってきた。

単著に『鶴見俊輔の言葉と倫理:想像力、大衆文化、プラグマティズム』(人文書院)、『信仰と想像力の哲学:ジョン・デューイとアメリカ哲学の系譜』(勁草書房)。共著に『読書会の教室』(晶文社)、『ゆるレポ』(人文書院)、『フューチャー・デザインと哲学』(勁草書房)、『メディア・コンテンツ・スタディーズ』(ナカニシヤ出版)、Neon Genesis Evangelion and Philosophy (Open Universe)、Whole Person Education in East Asian Universities (Routledge)などがあるほか、マーティン・ハマーズリー『質的社会調査のジレンマ:ハーバート・ブルーマーとシカゴ社会学の伝統』(勁草書房)の翻訳も行っている。

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