苦しい抗がん剤治療を受けた意味はあったのか、あの子は幸せだったのか…リンパ腫を患った愛犬の死。その体が飼い主に教えてくれた「本当のこと」

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そのように獣医病理医としての見解をお伝えすると、当初はひどく後悔されていた飼い主さんでしたが、ミニチュアダックスの死に少しずつ納得されていったご様子でした。

病理解剖しなければずっと悩んでいた

最後に飼い主さんは、「病理解剖をしなければ、つらいがん治療に意味はあったのか、私たちの行動の何がよくて何が悪かったのか、結論を得られないまま、ずっと悩んでいたと思います。先生に病理解剖をお願いしてよかったです。本当にありがとうございました。どれだけ感謝してもしきれません」とおっしゃいました。

ペットとの死別は、飼い主さんにとって非常につらい出来事です。ただ、その死の原因がはっきりとわかれば、現実に向き合いやすくなります。

「納得できる死」は「理由がわからない死」よりも、たいていの場合、気持ちの整理がつきやすく、乗り越えやすいものです。

ミニチュアダックスががん治療を頑張りながら飼い主さんと過ごした最後の1年は、何もしないでいた場合よりも、ずっと幸せな時間であったことでしょう。病理解剖を通じて、僕はそのことを確信しています。

がん治療にはつらい副作用がつきものです。しかし、それを上回るかけがえのない時間と多くの幸せを、このミニチュアダックスと飼い主さんにもたらしていたはずです。

そのことを飼い主さんにきちんとお伝えすることができたこと。そして、ペットの死を納得して受け止めた飼い主さんから深く感謝されたこのエピソードは、僕が獣医病理医という仕事を続けていくうえでの、心の支えの1つとなっています。

中村 進一 獣医師、獣医病理学専門家

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なかむらしんいち / Shinichi Nakamura

1982年生まれ。大阪府出身。岡山理科大学獣医学部獣医学科講師。獣医師、博士(獣医学)、獣医病理学専門家、毒性病理学専門家。麻布大学獣医学部卒業、同大学院博士課程修了。京都市役所、株式会社栄養・病理学研究所を経て、2022年4月より現職。イカやヒトデからアフリカゾウまで、依頼があればどんな動物でも病理解剖、病理診断している。著書に『獣医病理学者が語る 動物のからだと病気』(緑書房,2022)。

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大谷 智通 サイエンスライター、書籍編集者

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おおたに ともみち / Tomomichi Ohtani

1982年生まれ。兵庫県出身。東京大学農学部卒業。同大学院農学生命科学研究科水圏生物科学専攻修士課程修了。同博士課程中退。出版社勤務を経て2015年2月にスタジオ大四畳半を設立し、現在に至る。農学・生命科学・理科教育・食などの分野の難解な事柄をわかりやすく伝えるサイエンスライターとして活動。主に書籍の企画・執筆・編集を行っている。著書に『増補版寄生蟲図鑑 ふしぎな世界の住人たち』(講談社)、『眠れなくなるほどキモい生き物』(集英社インターナショナル)、『ウシのげっぷを退治しろ』(旬報社)など。

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