コロナで「枯れった」汐留と、公園併設「グラングリーン」が賑わう大阪。鉄道用地の再開発、どこで明暗が分かれた?

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ただ、各社とも自社ビルの容積を削ってまで緑地・共用スペースを作ろうと考える訳もなく、各ビルが準備した申し訳程度の「眺める専用のオシャレ緑地」「ほとんど座れないオシャレな吹き抜けテラス」が点在するのみ。あとは明らかに高層ビルを建設できない40×150mという細長い敷地(元・線路)に彫刻を配置した「イタリア公園」だけが安らぎの場となった。

梅田貨物駅
2013年当時の梅田貨物駅(筆者撮影)
うめきた公園
グラングリーン大阪に併設された「うめきた公園」の池で水遊びをする子供も多い(筆者撮影)
汐留・シオサイト
汐留・シオサイト内には、こういった申し訳程度の緑地が点在するだけ(筆者撮影)

移転交渉がこじれ、結果的に開発に成功した梅田

一方で大阪・うめきたは貨物駅の移転交渉がこじれ、用地を売ろうにも売れない事態が続き、開発の進捗は汐留に後れをとった。

先行して売却した大阪鉄道管理局(JR西日本本社)敷地はヨドバシカメラが取得、のこりの貨物駅用地はいったんUR都市機構などが取得したあと、第1期は「グランフロント大阪」、第2期は「グラングリーン大阪」に姿を変えていった。

20年にわたった分散開発は、結果的にちょうど良かったかもしれない。梅田エリアの集客力が弱かった時期にヨドバシカメラ、オフィス需要が強かった時期にグランフロント大阪、都市開発に環境配慮・回遊性が求められた時代にグラングリーン大阪と、おのおの時代に合った街を作れているのだ。

ヨドバシカメラ・マルチメディア梅田
ヨドバシカメラ・マルチメディア梅田(筆者撮影)

もうひとつ、2001年の「ヨドバシカメラ・マルチメディア梅田」開業も、再開発方針のターニングポイントとなったように見える。

ヨドバシカメラは1日20万~30万人の集客で、家電店では常識破りの「1店で年商1000億円」をキープ。梅田の街が「庶民を集客、利益を獲れる場所」であることを知らしめ、高単価・ラグジュアリー頼みにならない、幅広い街づくりを継続するきっかけにもなった。

なお、ヨドバシの集客力は、のちに大阪市が「ミナミ(難波)からキタ(梅田)へ」といった地殻変動を起こすきっかけにもなった。

応札当時(1997年)は三越(百貨店)の旗艦店建設が有力視されており、もしこの場所が三越だったら……梅田は「幅広く集客する街」でなくなり、いまの「グランフロント」「グラングリーン」に繋がる貨物駅開発も、また違ったシナリオになっていたかもしれない。

グランフロント大阪・グラングリーン大阪のオープンによって、大阪・うめきたは、「ウン十万円のラグジュアリーホテルと場外馬券場」「インバウンド向けの高級料亭と吉野家・丸亀製麺」がきわめて至近距離で同居する、多様性にも程がある街となった。こういった街は、景気低迷や時代の変化があっても一定の集客をキープできるだろう。

一方で東京・汐留は、高単価を支払えるサラリーマン向けのビジネス街に”ほぼ全振り”したために、企業の撤退や出社するオフィスワーカーの激減がテナント売り上げに打撃を与え、多量閉店を生んでしまった。

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