20年足らずで4分の1にまで店舗数が減少した「ネカフェ」。減少の一途のなか、「しぶとく生き残る」快活CLUBは一体どう凄いのか
ただ、インターネットカフェ業態そのものは「2008年:3074店→2024年:747店」という逆風にさらされ、ほとんどの企業は成長できていない。そのなかで快活CLUBはなぜ成長できたか、AOKIのノウハウをどう活かしたのか?
筆者はサラリーマンとしての出張、趣味で始めた地方都市の交通事情見分(鉄道にこだわらない!)から、20年以上にわたって高頻度でネカフェや快活CLUBを利用してきた。まずは、「生き残った店」「生き残れなかった店」の記憶をたどり、四半世紀にわたる「ネカフェ業界史」を、利用者の目線で振り返る。
ネカフェ業態・第1の淘汰は「基本的な治安」「スマホ普及」

いまインターネットカフェと総称されるのは、1970年代から名古屋市内にあったという「マンガ喫茶」と、1995年に京都で創業した、自宅に通信環境がない人々向けの「インターネットカフェ」を組み合わせた「複合カフェ」と呼ばれる業態だ。
程なくして「自遊空間」「コミック・バスター」(1号店出店は1998年)、「メディアカフェポパイ」(同2000年)など、複合カフェで全国制覇を狙うプレイヤーが次々と現れ、2001年には業界団体「日本複合カフェ協会」が立ち上がった。ここに、略して“ネカフェ”とも呼ばれる「インターネットカフェ」業態の歴史が始まる。
黎明期のインターネットカフェは、経営の目線で見ると「中古PCと多量のマンガを置いておけばOK」。配置人員は最低限(店によってはアルバイト1人)でよく、顧客がネットサーフィンやマンガに没頭するほど、1000円、2000円と長時間パック料金を支払ってくれる。人件費もサービスも最低限で済む魅力的なベンチャービジネスとして、チェーンのみならず個人での開業も多く見られた。
また2005年には、「おひとりさま」が流行語大賞にノミネートされ、仕切られたブースで半個室を提供するインターネットカフェが重宝され始める。「ネット回線」「マンガ」「おひとりさま空間」の3本柱を提供するインターネットカフェ(業界的には「複合カフェ」)は、市場規模で見ると「2001年に2000店・1200億円、2008年には3074店・2450億円」と、順調に成長していく。

ただ、匿名でネットを利用できるが故の「オークション詐欺」や、悪質な投稿の発信源としての利用など、負の一面が徐々に目立つようになる。
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