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「いつもボーっとしていて、不器用」→話下手な僧侶が名僧になった深い理由【心がつまづいたときに読みたい】

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  • 枡野 俊明 「禅の庭」庭園デザイナー、僧侶
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それでも良寛さんは、国仙和尚から道元禅師の『正法眼蔵(しょうぼうげんぞう)』の講義を受けて悟りを得ました(翻身の機)。すなわち、坐禅は悟りに至るための修行ではなく、坐禅修行そのものが仏の実践であり、坐禅している間は煩悩もすべて削ぎ落されて無心の境地に至っていると気がついたのです。

良寛さんはのちに円通寺を出て全国を行脚し、最後は越後に帰りました。それも自分の寺を持たず、国上山の五合庵という粗末な庵で、質素な暮らしを続けるのです。

近隣の村人と老若男女の隔てなく接し、和顔と愛語を絶やさなかった良寛さん。まるで「人はもともと弱いもの。それでいいじゃないか」と、私たちに問いかけているかのようです。

さて、その時代の良寛さんが、面白いことをしています。人との話し方、接し方について、気づいたことを「戒語」として紙に書き、庵の鴨居などに貼り、自分の戒めとしていたのです。

良寛さんの「戒語」

良寛さんの戒語はどれも短いものですが、その数は90個にもなります。例をいくつかあげましょう。

・子どもをたらす(手なづけたり、ご機嫌をとって子どもに好かれても仕方がない)
・あなどること(相手を軽んじるのは品位に欠ける)
・好んで唐言葉を使う(無闇にカタカナ(外来語)を使うのは滑稽でしかない)
・悟り臭き話(大悟していないのに悟ったかのような話しぶりは鼻につく)
・くれて後人にそのことを語る(人にあげたものについていつまでも話すのは執着である)

これは私の想像でしかありませんが、良寛さんは、円通寺でも五合庵でも、人々との人間関係に思い悩んでいたのではないでしょうか。

しかし良寛さんは、愚直すぎるほど愚直でした。コミュニケーション下手に悩む現代人が話し方教室に通ってトーク術を磨くようにして、1つひとつ、人との接し方を学んでいったのだと思います。

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【それでも他者と共に生きる理由】

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