極寒のノモンハンの川で”魚獲り”。召集令状を受け中国東北部へ出征した著者が実際に経験した「巨大魚」との死闘
「離せ! 今野、離せ! 引き込まれるぞ、早く離せ!」
三上軍曹が大声で叫んだ。頭まで水中に引き込まれては諦めるしかない。私は魚を手離して泳いだ。そうして岸辺に戻ってから川面を見ると、いったん沈んだ魚がまた浮き上がった。
「軍曹殿、小屋の中の八番線で鉤針を作ってください。それを柳の木にくっつけて、長い手鉤をこしらえてください」
「よし、わかった。すぐ手配するから、体を温めておけ」
坂上一等兵に手配を命じた軍曹は、こちらに向き直って、ロープを投げ渡そうとしている。
「軍曹殿、ちょっと待ってください」
そう言って私は靴下を脱ぎ、中に手頃の石を入れて対岸へ投げた。軍曹がそれを拾って細いロープに結わえつけ、こちらへ投げ返した。細いロープは三分(9ミリ)ロープに結節してあり、その長い三分ロープは対岸で軍曹が握りしめている。
私は細いロープの端を最初に引き上げた魚のえらから口に通して結び、右手をぐるぐる回して「引け」の合図を送った。軍曹はただちにロープをたぐり始め、それにつれて細いロープも魚も見るまに水面をすべって対岸の崖下に寄り、一気に岸へ引き上げられた。
思いがけない大漁
私たちはこの後、30メートルほど上流の淵で一度、右へ入る支流でもう一度、発破を掛けた。上流ではまったく漁果はなかったが、支流では鮭や鱒に似た魚を大量に上げた。
それらを3つの麻袋に入れ、口を針金で結束してから棒を通して、2人一組で運ぶことになった。田上と私が1袋、吉田と榎が1袋、三上軍曹と坂上一等兵が1袋―これは少し軽くしておいた―と分担が決まり、2人で肩を入れて担ぎ上げたが、凄い重さでたちまち体がふらついた。それでも足場を選びながら、200メートルほど先のトラックをめざして歩きだした。
荷台に全部の魚を積み終えたとき、三上軍曹が間のびしたような声を出した。
「おい、腹へったなあ。何時になったかなあ」
時計は12時を回ったところだが、その前に誰もがひどく腹を空かしていた。早速、草の上に坐り込んで昼飯を喰い始めた。思いがけない大漁で、皆が明るく顔をほころばせ、話に花を咲かせた。