極寒のノモンハンの川で”魚獲り”。召集令状を受け中国東北部へ出征した著者が実際に経験した「巨大魚」との死闘

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黄色火薬を2個結束し、導火線のついた雷管を装着したものを3個、用意した。それを3人が1個ずつ持って、それぞれの位置についた。上が坂上一等兵、真ん中は三上軍曹、下は今野二等兵、つまり私だ。

「点火用意!」

三上軍曹のよく徹る声―。発火具(つまり、ただの小箱マッチだ)を持った右手を上げる。

「点火!」

導火線に添えて左手に持つマッチ軸の頭を、右手の箱でサッと一擦りすると、パッと導火線の端から火が噴きだし、シューッと音をたてて燃えていった。

「投入!」

ドボン、ドボン、ドボン。

「退避!」

6人が一斉に後ろへ走りだし、枯れ草の中に潜り込んだ。待つほどの間もなく、ズン、ズン、ズンと三発の発破が鳴り響き、大地を揺するほどの振動が地面に伏している私たちの腹に伝わった。

極寒の魚獲り

一瞬、静寂が辺りを包み、それを蹴破るように、ばらばらと人が草地から飛び出し、川岸に駆け寄った。淵に、6本の大きな魚が浮いている。同年兵の田上と私は下の瀬頭へ一散に走り、そこで裸になった。パンツと靴下だけを身につけて、腰ほどの深さの水中に飛び込んだ。針を全身に打ち込まれたような痛みを覚え、気が遠くなった。思わず伸ばした右手に田上の腕が触れ、手を取り合った2人は必死になって向こう岸へ走った。

「どうした!?」

三上軍曹が大声で呼んだ。だが全身が烈しく疼き、返事をするどころではない。2人とも腹から下に紫色の斑点ができ、上半身は凄い鳥肌が立っている。下腹部が苦しいほど痛い。縮み上がった一人息子はどこへ行ったのか手にも触れず、左右の玉は腹に跳ね上がったまま、いくら押しても降りようとしない。

間近に巨大な魚が回ってきた。だが、胸まで水に漬かっているのに、どうしてもそこまで手が届かない。思いきって魚に飛びついた。太い。抱きかかえるようにして両手を回しても、指先が合わないのだ。私は右の腋に魚をかかえ、左の片抜き手で岸へ向かった。巨大魚はまるでいやいやをするように頭を振り、大きな尻尾でバシャバシャと水面を打ったかと思うと、身をくねらせながら沈み始めた。

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