「ノンフィクション」を殺すのは誰か? そんな出版業界でいいのか

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「校閲者は書き手とは別の視点で事実に向き合い、書き手が事実を取り違えた場合は事実を示してそれを正す。ノンフィクションの精度は、書き手、編集者、校閲者という専門分野に精通するプロ同士の協業体制によって担保されているのです」(大手出版社の校閲歴45年のベテラン)

ここにもコストの問題が立ちあらわれる。

「最悪の未来」描く

 東京・赤羽。哀愁漂う商店街のはずれにあるマンションの一室。13年創業の「ころから」という小出版社から生まれたノンフィクションが話題を呼び続けている。加藤直樹著『九月、東京の路上で』。サブタイトルに「1923年関東大震災 ジェノサイドの残響」とある。

「朝鮮人虐殺」という極めて暗く、重たいテーマを扱った作品だけに、編集を担当した、ころから代表取締役・木瀬貴吉(47)さえも、到底「売れる」本になるとは考えていなかった。初版2千部。筆者も、出版社も無名の、ビジネスとしては無謀な挑戦だった。火をつけたのはサッカーJリーグをめぐるある事件だった。

14年3月。浦和レッズの一部サポーターが人種、民族差別を想起させる「JAPANESEONLY」と書かれた横断幕をスタジアムに掲げた際、ある著名なラジオのコメンテーターがこの本を引き合いに出し批判したのだ。背景には、特定の民族を敵視する差別デモが全国各地で多発していたこともあった。次に「過去と現在は地続きなのだ」と書評で報じたのは、あの「週刊文春」。瞬く間に5千部を重版し、版は間もなく5刷に達する。

大手出版社でノンフィクション本を担当する編集者はこう評価する。

「さまざまな意味で大手では実現できないテーマだったと思う。ノンフィクションは時代の空気を食らう生き物であり、時代の証人だということを再認識させられた」

木瀬には忘れられない読者のツイートがある。「ここには最悪の未来が描かれている」。90年という時間を経たテーマだったからこそ、現代の問題として提起する工夫はしたつもりだった。けれども、読者はその先を読んでいた。かつて、ノンフィクションは総合出版社がその版元としての体力を担保に支えていたが、大手版元にその体力がなくなった一方、小出版社から新しいノンフィクションの試みが登場している。読者層の多様化に呼応するように、当事者が書く私ノンフィクション、紀行を軸にしたエンタメノンフィクションも人気を集めている。まだしたたかに、ノンフィクションが生き残る道は残されている。

※AERA 2015年10月5日号

中原 一歩 ライター
なかはら いっぽ / Ippo Nakahara

1977年佐賀県生まれ。著書に、『奇跡の災害ボランティア「石巻モデル」』(朝日新書) 、『世の中への扉 「大好き!」を見つけよう 』(講談社)、『最後の職人 池波正太郎が愛した近藤文夫』(講談社)など。『AERA』をはじめ多数の雑誌、その他各メディアに寄稿している。

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