「ノンフィクション」を殺すのは誰か? そんな出版業界でいいのか
なぜノンフィクションは読者に届かなくなったのか。ノンフィクションは高度成長期という時代にその方法論を確立し、狭い業界の中でその方法を伝承していった。しかしバブル経済の波をかぶって高度な消費社会に変容し、大衆から個の時代に移行した日本社会が抱える問題を、うまくすくい取れなかったのかもしれない。かつての読者はリタイアし、雑誌に広告も入らない。出版業界の縮小とリンクして、取材費という金の問題とコンプライアンスという問題に両手両足を縛られているようにも見える。
マガジンの語源は弾倉
しかし、作り手も手をこまぬいて見ているだけではない。講談社が10年に立ち上げたウェブマガジン「現代ビジネス」初代編集長の瀬尾傑・講談社第一事業戦略部長・現代ビジネスGM(50)は、雑誌を意味する「マガジン」の語源が、連発銃の「弾倉」にあると前置きしたうえでこう語る。
「いくつもの刺激のあるネタがひとつのパッケージで完結していた。それが雑誌(マガジン)だった。これが売れなくなった時、残したいのは雑誌という媒体なのか、それとも、ノンフィクションやジャーナリズムそのものなのかと自分に問うたのですが、答えは簡単でした」
瀬尾は社内ベンチャー立案制度を使って会社にこれを提案し、ゴーサインをもらう。条件は「初年度から黒字を達成しろ」。しかし出版社がデジタルメディアの運営を手がけて成功した例はない。ターゲットをビジネスパーソンに絞り、政治や経済を中心としたニュースの発信を始めた。編集人員は自分ひとり。しかし、書籍と違って印刷、流通の経費を必要としないウェブは、広告収入のみで初年度から黒字化することに成功した。
日本最大のポータルサイトを運営するヤフージャパンは、今年からノンフィクションを含むオリジナルコンテンツの配信に踏み出した。玉石混交のネット社会においてこの流れは加速するとみられている。アエラもヤフーニュースと、記事と動画を組み合わせたコンテンツ(「結婚は愛かコスパか」)を共同制作している。
しかし、現時点ではネット媒体でノンフィクションを展開するのは二の足を踏むというライターは多い。その理由のひとつとしてウェブの原稿は、慣例として「校閲」を通さないという点があげられる。
校閲はノンフィクションの現場を裏方として支える重要な職人集団だ。ノンフィクションの使命として、時に社会の暗部に深く切り込み、権力を監視、批判する原稿を書かねばならない。その際、固有名詞の確認や誤字脱字の訂正にとどまらず、その原稿の事実関係を、過去に発表された記事や、取材対象者の発言録など様々な角度から検証し「ウラ」を取ることが重要とされてきた。現代ビジネスもすべての原稿ではないが、編集者が必要と判断したものについては校閲を通している。