錯覚から探る「見る」ことの危うさ《第5回》--写真で嘘をつく方法、マンション広告写真がステキな理由
「写真」という名前の由来は、「真を写す」である。しかし、写真を見れば本当に真実をそのまま知ることができるであろうか。必ずしもそうではない。たとえば、マラソンの実況中継をテレビで見るとき、ランナーを正面からとらえた画面では、実際にはかなり離れているランナーの間隔がぶつかりそうに詰まっていると感じることがある。
逆に、新築マンションの広告写真では、ロビーや部屋が実際より広く感じられることが少なくない。これらは、特に写真を加工したわけではないのに、真実とは異なる印象を誘発する。本稿ではその原因を考えてみよう。
写真は、レンズを通して入ってくる光の情報を、撮像面に忠実に写し取る。これは、光が直進するという物理現象に基づいた幾何学的過程であるから、嘘の入り込む余地はない。この写真を、レンズの位置から眺めれば、元の世界と同じ光の情報を見ることができるはずである。
問題なのは、私たちが写真を見るとき、「ここから見るべし」という視点位置が指定されるわけではないことである。写真の中には、それを撮ったときのレンズ中心の位置の情報は、陽には含まれていない。
だから、私たちは、自分たちの都合で勝手な位置からその写真を眺める。つまり、撮影時のレンズ中心とは別の位置から写真を眺める可能性が大いにある。このレンズ中心と視点位置のズレが、写真が真実を伝えなくなる原因である。このことをもう少し詳しく見てみよう。
図1に示すように、3次元世界に互いに平行な直線の集まりAがあると、それを撮影した写真平面Iでは、1点から放射状に出る直線群となる。この点は、Aの消点と呼ばれる。
この図に示すように、視点(レンズ中心)をEとし、直線群の像の消点をVとしよう。点Vは、Eから平行線群Aに平行に延ばした直線がIと交わる点である。つまり、EとVを結ぶ直線は、Aに平行である。
同様に、3次元世界にもう1組の平行線群A’があって、その像が、消点V’から放射状に出るとすると、A’は、EとV’を結ぶ直線に平行である。したがって、AとA’のなす角度は、EからVとV’をのぞむ角度(図1のα[アルファ])に等しい。特に、AとA’が直交しているときには、α[アルファ]は90度である。