なぜ村上春樹は世界中の人々に「ささる」のか

村上作品の英訳者・ルービン氏、大いに語る

しかし、読んでみて、度肝を抜かれました。ある長編作品とは『世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド』でした。僕は日本人による作品で、これほど大胆かつ奔放な想像に恵まれた「小説の世界」は見たことがありませんでした。結末近く、一角獣の頭骨から大気へ放たれる夢の色彩が目の前にありありと浮かんだのを、今も思い出します。

僕としては、この作品は是非自分の手で翻訳を行いたいと思い、出版社にその旨を希望したのですが、残念ながら願いはかなえられませんでした。しかし、この経験以来僕は村上さんの世界から二度と出られなくなりました。作品はすべて手に入れて読みましたし、大学の授業でも取り上げました。

言葉が「読み手の心に直接飛び込んでくる」

――村上作品は、何が読者の心を刺激するのでしょうか。

僕もずっと考えてきたことなのですが、実は今も一つの謎です。いろいろな国の人と話しましたし、さまざまな説明が可能だと思いますが、正確な答えはわかりません。少なくとも言えるのは、彼の鮮やかでシンプルなイメージが直接的に読者に訴える。気取ったわざとらしいようなものがなく、読者の心にストレートに届くのです。

ジェイ・ルービン 1941年ワシントンD.C.生まれ。ハーバード大学名誉教授、翻訳家。芥川龍之介、夏目漱石など日本を代表する作品の翻訳多数。特に村上春樹作品の翻訳家として世界的に知られる。著書に日米同時出版となった長編小説『日々の光』(柴田元幸、平塚隼介訳)などがある。

たとえば、『パン屋再襲撃』という短編がありますね。海底火山の比喩があります。主人公が突如襲われた「特殊な飢餓」を説明するために次のような記述があるのです。

① 僕は小さなボートに乗って静かな洋上に浮かんでいる。②下を見下ろすと、水の中に海底火山の頂上が見える。③海面とその頂上のあいだにはそれほどの距離はないように見えるが、しかし正確なところはわからない。④何故なら水が透明すぎて距離感がつかめないからだ」(『パン屋再襲撃』集英社文庫、15ページより)

なぜ海底火山をわざわざ入れたのでしょうか。解釈はいろいろあるでしょう。何かの象徴なのでしょうか。

実は、かつて僕はある授業で、村上さん本人がゲストのディスカッションのリード役をしたことがあります。僕は学生に、小説の中の海底火山は何の象徴と思うかと質問したのですが、村上さんは誰かが答えるより前にいきなり口を挟み、「火山は象徴ではない。火山はただの火山だ」と言ったのを覚えています。

村上さんの言葉は、彼らしい率直なものでした。「あなたはお腹がすくと火山が思い浮かびませんか? 僕は浮かぶんです」と。単純明快な主張です。

海底火山が象徴するのは――僕の解釈では――未解決のまま残されてきた過去の問題だと思います。無意識にとどまりながらも、いつ爆発して現在の静かな世界を破壊するかもしれない「何か」です。

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