実は、ある種のアメーバはヘビに対して病原性が非常に強く、アメーバ症はヘビにとってしばしば致死的となる感染症です。
草食の爬虫類、なかでも特にリクガメがこのアメーバをよく持っていて、それが同じ家庭や動物園で飼育されているヘビに感染し、大腸炎や、肝臓に膿がたまる肝膿瘍(かんのうよう)を引き起こして、死亡させるというケースがしばしば発生します。
この飼い主さんもそのことを心配されたのでしょう。
ちなみに、アメーバは免疫細胞の一種であるマクロファージと顕微鏡で観察した見た目がよく似ているため、慣れない獣医病理医が観察すると、両者が混同されることがあります。その結果、「大腸が炎症を起こしていて、マクロファージ(実際は病原性のアメーバ)がたくさんいるのだけど、死因はよくわからない」となるケースが少なくありません。
こうした場合、セカンドオピニオンとして僕のところにプレパラート(顕微鏡観察のために2枚のガラスで挟んだ標本)が送られてきて、改めて顕微鏡観察を行うこともあります。プロである獣医病理医が診断していても、爬虫類の病気を診断した経験が豊富でないと、アメーバの存在を念頭におけないため、死因に気づけないことも多いのです。
脇腹を切るヘビ特有の病理解剖
シシバナヘビの病理解剖の依頼は、「コスメティック剖検でお願いしたい」という条件がついていました。以前の記事(ペットを「おくりびと」に託した飼い主の深い愛情)でも紹介しました。
これは遺体の損傷を最小限に抑え、できるだけきれいな状態で飼い主さんのもとにお返しするための解剖です。この条件からは、飼い主さんがシシバナヘビに相当な愛情を注いでいたことがうかがえます。
通常の動物の病理解剖では、お腹の真ん中の皮膚を一直線に切開して、臓器を摘出します。ところが、ヘビのお腹には腹板という板のような鱗が何枚も縦に連なっているため、真ん中を切るのは少し硬くて大変です。ヘビはまさに蛇腹(じゃばら)状の腹部をしているのです。
そのため、ヘビを病理解剖するときは、お腹の鱗と、体鱗という背中側の鱗の境目の部分を縦に切るようにします。こうすることで、最後に傷口をきれいに縫い合わせれば、切開の痕が目立たなくなるのです。動物病院でヘビの手術をするときも、同じところの皮膚を切開しています。
そうやって遺体から臓器を取り出し、詳細に検査を進めた結果、肝臓に炎症を見つけました。炎症の原因は、抗酸菌。アメーバではなく、抗酸菌が死因だったことになります。