これに対し、バイデン大統領の買収阻止命令に関する声明文を読んでみると、以下のような情緒的な文言があって唖然としてしまう。
「USスチール社は誇り高きアメリカ企業であり、アメリカ人が所有し、アメリカ人が運営し、アメリカ人の組合労働者による世界最良の企業であり続けるだろう」
だったらなぜ、USスチールの経営陣が身売りを検討しているのか。情けないくらいに政治的な判断となっているわけだが、これは少々、年季の入った話なのである。
アメリカの真の問題は「不当に安い輸入品」にあらず
1990年代のアメリカ経済はITブームに沸いたが、逆に製造業には冬の時代が訪れていた。ただし当時のクリントン政権は、鉄鋼業界の窮状をほとんど顧みなかった。そこに目を付けたのが、その後を継いだブッシュ(ジュニア)政権である。2002年に鉄鋼セーフガードを打ち出し、輸入鉄鋼に関税をかけた。「共和党は民主党と違って、あなたたちを見捨てません」とUSWに歩み寄ったのである。
ブッシュ氏は2004年の再選に向けて、苦境にあったペンシルベニア州などの東部鉄鋼州を狙いにいったのである。ここで持ち出されたのが、「鉄鋼は重要な国家安全保障問題だから」というロジックである。
もちろんセーフガードは一時しのぎの手段にすぎず、アメリカの鉄鋼業は再生しなかった。鉄鋼業を苦しめたのは、レガシーコストと呼ばれる過去の退職者に対する年金や医療保険などの負担である。
過去に黄金期を謳歌したメーカーは、従業員に対して手厚いベネフィットを約束してしまう。それが高コスト体質の原因となり、他国の同業者に勝てなくなってしまうのだ。同じことが数年後、自動車産業にも訪れる。今ではGMなどの「ビッグスリー」は、すっかり「ビッグ」でなくなってしまった。鉄も自動車も、真の問題は「不当に安い輸入品」ではなかったのである。
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